理想恋愛屋
 浴衣の裾から携帯電話を取り出すと、今まで電源をきっていたのか時間をかけてボタンを押しはじめた。

「おい、無茶なんだから……っ」

 ヘンな期待を持たせて、崩れた瞬間傷つくのは少女であり、オトメくんでもある。

少女には時間がないというのに。

 止めようと彼女の薄い肩に手をかける。

するとすでに携帯を耳に当てていて、反対の手でパシンとはねのけた。

「いいから黙ってて!」

 ピシャリと言い放つと、かすかに電子音が聞こえすぐに人の声がした。

『遥姫!一体ドコに……!』

 心配するようなしゃがれた男性の声に、彼女は迷惑そうに携帯を耳から遠ざけていた。

「…ったくうるさいわね!」

 電話のやりとりにオレたちは唖然としていた。

一体誰にかけているのかわからないけど、こんな強気な態度なのはオレたちだけじゃないことが証明された瞬間だった。


 それからも受話器の向こうでガミガミいうような声がして、彼女の機嫌が次第に悪くなっていく。

そういった場合、矛先が全てオレにくるからカンベンして欲しい。


 そんなオレの想いが通じるように、彼女がブチ切れた。


「なんでもやってやるわよ!だから、今すぐこっちに降雪機よこして!」


 ……こ、降雪機?

ぽかんと口を開けたまま固まってしまっていた。

それは多分オトメくんたち一緒だとおもうけど、信じられない言葉に絶句した。


「本当はこういうの嫌いなんだけど。…あと10分、待って」

 激しい口論の直後の彼女のまなざしを、オレは読み取りきることができなかった。


 そんな中でも、少女の肌は一層白さを増して、呼吸の音も小さくなっていく。

どうか間に合ってほしい。


 日はとっくに落ちて、空にはキラキラと星が瞬く。

すこし身体も冷えてきたけれど、ただ黙って黒く染まり始めた夜空を見つめていた。


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