理想恋愛屋
 パシィィイインッ!!

 案の定、乾いた音が木々を駆け抜けて、オトメくんの頬には一足はやい紅葉。


「しっかりなさい、早乙女龍之介っ!!」

 彼女の鋭い視線に、オトメくんの瞳も次第に冷静になっていくのが遠目でもわかった。 

「…は、遥姫さん…」

 ようやく我に返ったオトメくんは、オレたちを見比べた。

それと同時に、力ない白い腕がピクリと動いた。


「龍、さま……?」

 かすかに聞こえた少女の声に、すぐに踏み出した足の向きを変え、彼女たちのもとへと戻る。

うっすらと瞼を押し上げた少女は、オトメくんにむかってふっと笑いかけた。


「そんな顔をしないで……?貴方とお会いできて、本当に嬉しかったの」

 細い指を、今にも震えだしそうなオトメくんの頬に滑らせる。


「…な、なにいってるんですか!」

 思わず詰まった言葉。

怒鳴るように叫んでしまっていたオレに、少女は寂しげに困っていた。


 かすかに動いた唇。

オレには「だいじょうぶ」と、言っているように見えたけれど……。


「わかったから、少し待って…!」

 浴衣の裾を探る彼女の腕を、少女が遮る。

驚いた彼女に、少女はゆっくり首を横に振った。


「最後に…雪がみたかったなぁ……」

 すでに半開きの瞳は、どこか遠くへと向けられていた。

どうにかできないのだろうか。

 そんな歯がゆさが、オトメくんの背中からも感じられていた。

冷たいくらいの風は彼女をさらってしまうかのように、沈黙を呼び起こす。


 だけど抗うように、突き破るのはやっぱり彼女。


「叶えてあげるわ」


< 195 / 307 >

この作品をシェア

pagetop