秘めた想い~紅い菊の伝説2~
 病院からの帰り道、暮れ始めた川縁を美鈴と啓介は歩いていた。二人の間には何故か会話がない。啓介は義男の言葉に意識してしまい、美鈴は無神経な啓介に対して苛立ちを感じていたからだ。それでも二人で歩いているのだから何か話さないと余計に気まずくなる。美鈴はそう感じて何か話題はないかと頭を巡らせていた。
 そんなとき、啓介が口を開いた。
「佐伯、元気そうだったな…」
 当たり障りのない話題だ。
「そうね、今週末には退院できるらしいし…」
 美鈴は先ほど病室の前で佐枝の母親から聞いたことを啓介に話した。退院したとしてもまだ暫くは足が不自由なので苦労をしそうだとぼやきながらも嬉しそうな顔をしていた佐枝の母の顔を思い浮かべていた。
「学校、来るのかな?」
「松葉杖を突きながらになるけど来るらしいよ」
 美鈴の歩みが少し早くなる。
 今まで美鈴は啓介の背中を見て歩いていた。並んで歩くのが何となく気まずかったのだ。
 けれども、その気持ちも次第に薄らいできた。
「なあ鏡…」
 美鈴がちょうど肩を並べたとき、啓介が気まずそうに口を開いた。
「なによ」
「杉山が言ったこと、気にするなよ」
 啓介の言葉は学校でのことを指しているようだった。
 その言葉は美鈴の神経にさわった。
 確かに啓介とは佐枝や義男と同じように幼い頃から一緒に遊んでいた。だから小学校の頃は別に意識もしていなかった。けれども中学生になって啓介は急に背が伸び、声も低くなって次第に異性を意識させるように変貌していった。それと同じくして背が伸びるのが止まり、胸が微かに膨らみ始めた頃から美鈴はこれまでとは違う感覚を覚えるようになってきた。
 そんな美鈴の変化に隣にいる男子は気づいていないようだった。よく男子は女子よりも精神的な成長は遅いというがまさしくその通りだと美鈴は納得させられていた。
 まったく、この男は…。
 美鈴は再び機嫌が悪くなった。
「あんたは気にならないの?」
 美鈴の言葉には棘があった。
「別に…、俺たちって昔からの付き合いだろう?」
(だからって気持ちが変わらない訳じゃないのよ…)
 美鈴の歩みは更に早くなる…。
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