焼け木杭に火はつくか?
入り口にほど近いカウンター席に、すでにスーツ姿の夏海の姿はあった。
入ってきた良太郎にちらりと目を向けた夏海は何も言わずに、また読みかけの文庫本に視線を戻した。
なんとなく、夏海の様子にいつもと違う何かを感じたが、その違和感の正体を、良太郎は理解できなかった。
なんだろうと、その正体不明の違和感に首を傾げながらも、良太郎はカウンターの中の聡に声をかけようとして、もう一つ、いつもと違う光景が店の中にあることに気付いた。
自分が指定席にしている席に、見知らぬ客の姿があった。
眉尻をややあげて、良太郎は考え込んだ。
ランチタイムを過ぎて、聡が一段落ついたころを見計らって、良太郎は聡に電話を入れて、この時間に店を訪ねることを伝えた。
『Waoto』の閉店は基本的に二十三時となっているが、その日の客の入りや仕込んだ料理の残り具合、天候などの理由により、閉店時間前でも店を閉めてしまうことがあったからだ。
それはごく稀なことだが、聡が帰郷してからも一度だけそんな日があった。
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