焼け木杭に火はつくか?
それは、季節外れの雪が降った夜のことだった。
まるで、お天道様が今年の降り納めとでも言っているのかと思うほど、春の湿った雪がどかどかと降った。
こんな天気では客はないだろうと考えた聡は、早々に店を閉めた。
だが、そんな夜にやってきた客がいた。
英吾だった。
夕飯を『Waoto』で食べようと、いつものように仕事帰りに立ち寄った英吾は、明かりを落とし閉まっている店を前に、呆然としたらしい。
その翌日「ひどいよ、サトルさん。俺、お腹ペコペコだったのにっ」と文句を言い「これからは夜十時過ぎに大飯食いに来るときは、まず電話しやがれ」と聡を怒らせた。
聡曰く「今までも、そんな時間に英吾に大飯食いに来られても、冷蔵庫にロクに材料入ってなくて慌てさせられてたんだ」と言うことらしい。

『そんな時間から、あの細い体で、ギネス記録に挑戦かってくらい、食いまくっていくんだぞ、あいつ』

その言葉を聞いている者には、それが心の底から出ていることが伝わるような、そんな呆れ声でそう言う聡を笑いながら、しかし、その一件以来、宵の口と呼ぶにはやや遅い時間に、店を訪ねることが判っているときは、事前に聡へ連絡を入れるのが良太郎の習慣になった。
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