NY恋物語

――――違う。
この人じゃない。


そう思った咄嗟に私は顔を逸らして
両掌で彼の胸板を押し戻した。


「莉奈…?」


違う違うの、と心で叫んで
私は首を力なく振った。
名を呼び捨てにされたいのも
唇を重ねたいのも 秀明だけだ。
愛されたいのも愛したいのもこの人じゃない。
秀明だけだ。


「…鳳さん」

「はい」

「ごめんなさい。私のヒーローは あなたじゃないの」


一瞬の沈黙の後、私の前髪を
鳳の盛大なため息が揺らした。


「やっぱりダメか…」

「ごめんなさい」

「謝らないで。貴女は何も悪くない」

「でも」

「いいんです。こうなることも
想定内でしたから。でも…」

「?」

「キス… したかったな」


呻くように小さく呟いた鳳の指先が
私の唇を触れるか触れないかのタッチで
ゆっくりと掠めるように撫でていった。


「莉奈さん」


私を呼ぶ声はもう熱も艶もおびてはいなかった。


「今ここで貴女を一人にするのは
やっぱり心配だから送りたいけど、やめておきます。
すみません」

「そんな!謝らないでください。
私、一人でも もう大丈夫ですから。
あなたのおかげです。ありがとう、鳳さん」


答える代わりに破顔一笑して見せた鳳は
よし!と短く呟いて
抱いていた私の体を放した。

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