主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
陰陽師として朝廷に召し抱えられるようになった晴明はそれから多忙になり、なかなか幽玄町へ行く機会に恵まれなかった。

朝廷の女御や女房たちに色目を使われてものらりくらりと避けては風のような晴明の人気はうなぎ上り。

だが晴明は山姫の想いを捨てず、なんとか時間を作ることに成功すると、無人の牛車に乗って幽玄橋を渡った。


「おお晴明、久々だな。主さまが寂しがっていたぞ」


「気持ち悪いことを言うな。私とて忙しいのだよ、ここを通してもらうよ」


「山姫ならば不在だし、主さまも寝ているから屋敷には誰も居ないかもしれないぞ」


こん棒で肩を叩きながらそう言った青鬼の顔を見上げた晴明の動きが止まった。

御簾を握る手に力がこもり、今まで抱かなかった不安を口に乗せた。


「どういう意味だ?まさか…男が?」


「最近茨木童子(いばらぎどうじ)が主さまの元によく来ている。百鬼になりたいとかで粘っているが、主さまは迎え入れる気はないようだ。だが近頃どうも山姫とねんごろの仲になっているらしくてな、幽玄町のどこかで逢引きしているらしいという噂だ」


茨木童子といえば、鬼の親分である酒呑童子の片腕とも言える強い鬼だ。

主さまは鬼族を束ねる血統の持ち主で力も強く、酒呑童子は長らく主さまに敵対心を抱いて百鬼に加わっていなかったのが、その子分が百鬼に――


「ねんごろ、か。…精根吸い尽くされてどこかで果てているのでは?」


「それが山姫の肌は潤って艶やかだし、生き生きしているぞ。主さまのお世話に追われて夫婦になる男と巡り合えなかったから、もしかしたら茨木童子と…おい、晴明?」


赤鬼と青鬼の噂話をそれ以上聴くつもりがなかった晴明は、御簾を下げて牛車を急がせた。

…山姫は美しい。

だが気が強くはねっ返りなために男が寄り付かなかったが、山姫は…茨木童子の求愛を受け入れたのだろうか?


「…山姫。山姫は居ないのか?」


主さまの屋敷に着くなり山姫の姿を捜し求めたが、どこにも居ない。

痺れを切らした晴明は、開けてはならない禁断の部屋に通じる障子に手をかけると、思い切り開け放った。


「……お前…死にたいんだな…?」


低い声が耳朶を打ったが、晴明は主さまを見下ろしながら問うた。


「山姫はどこに居る?」


誰かのものになるのは許さない――

子供じみた独占欲が晴明を強く突き動かした。
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