主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
「…何故笑っている?私の顔に何かついているか?」


「懐かしい夢を見たんだ。あんたが主さまの屋敷に来た時のことだよ。ちんちくりんでねえ…可愛かったもんだよ」


夫婦になってからは、朝から夕方にかけてのみ晴明の屋敷で僅かな時を共にする許可をもらった。

最近雪男が目覚めたおかげで少し安心したものだが、それでも長い間主さまの屋敷を守ってきた山姫にとっては、今も気がかりのうちのひとつだ。


「またその話か。私はもう童子ではないぞ。息吹を立派に育てて嫁にも出した。そして妻も手に入れた。私が童子ではないことはもう十分知っているだろう?」


「ちょ、耳元で囁くのはやめな!」


晴明は明け方になるといつも幽玄町まで迎えに来てくれる。

それまではずっと起きているのか、平安町に戻ると必ず一緒に眠り、一緒に起きて食事をして、話をして――その繰り返し。

だが晴明も山姫も、とても心が落ち着いていた。

夕方になっても床から出ずにごろごろしては昔話に花を咲かせ、詰りあう。


「で、いつから私の想いを知っていたのだ?」


「あんたが童子の頃からだよ。あんなに熱心に見つめられると、誰でも気付くってもんさ」


「ふむ、そうか。隠していたつもりだったのだが、だだ漏れだったのだな」


悪びれもせずに微笑を浮かべて山姫の頬を撫でた晴明の指先は優しく、恥ずかしくなった山姫は布団の中に潜った。


「そ、それよりそろそろ主さまと息吹に子ができてもいい頃じゃないかねえ」


「孫を見れるのは嬉しいが、時期による。嫁にやってまだ間もないというのに子ができてしまうと、父としては複雑な思いなのだよ」


「へえ?あんたは…子が欲しくないのかい?」


「私の子は息吹だけで十分だと思っているが…子が欲しいのか?それならば私も張り切るとして…」


「そ、そんなこと言ってないよ!さてそろそろ戻らないと百鬼に召集がかかる頃だ。…晴明、また迎えに来とくれ」


山姫を追って布団に潜った晴明は、憧れ続けた愛しい女の細い身体を抱きしめた。

息吹を嫁に出してから心細い時もあるが、山姫はどうにかこうにか胸に空いた穴を塞ごうとしてくれている。

追いかけ続けた女が、追って来てくれている喜び――


「もう離さぬ。いずれそなたを百鬼から抜けさせて、ここで1日中共に暮らすのが次の私の夢だ。これは言霊故、必ず叶うことになる」


「ふふ、またそれかい?まあいいよ、あたしが百鬼から抜けてもいいって思わせてみな」


そして唇を重ね合った2人はまた惰眠を貪ってしまい、主さまに怒られた。


彼らの夫婦生活は始まったばかりだ。

そしてそれは一生続くことになる。


(完)
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