バージニティVirginity
半年ぶりに会ったので最初のうち、優香は玲達に遠慮していたが、佳孝が手土産の絵本を与えると、優香は佳孝のあぐらの膝に乗ってきて「読んで」とせがんだ。

川崎の佳孝の実家には子供がいなかった。

絵本の読み聞かせなどしたことがないであろう佳孝が
「子ウサギさんがお使いに行きました…」などと優香に語りかける姿は微笑ましかった。

裕福な家に生まれ、壮健な祖父母、円満な夫婦仲の両親に恵まれた優香は幸せな子供だと玲は思う。

10歳歳上の兄の健一は、活発で一本気な男だ。

歳が離れている上、福島の大学に通うため、18歳で一旦家を出た健一と玲とは、兄妹という絆が希薄だった。

祖父母が生きていた頃は、男尊女卑の家風だったせいもあるかもしれない。

兄の妻恵子は、大人しい女性でよく気が付き、手先が器用なところが玲の母に気に入られていた。
玲と恵子の関係は、当たり障りがない、という言葉がピッタリだった。

賢い兄の妻は、自分が玲に言う言葉が義母に伝わることを重々承知していた。

熱海の保養所で、ご馳走が出るから昼ごはんは簡単でいいよと母に言ったのに、母はたくさんのご馳走を作り大皿に載せ、大きな座卓にこれでもかと並べていた。

壁を白く塗り替え、二間あった和室をつぶして作ったフローリングの客間は明るく、広々としていた。

優香は大好きな骨付の鳥の唐揚げを食べ、無邪気にはしゃいでいた。

その様子を6人の大人達が目を細めて見ていた。

子供はあまり好きではない玲も、優香だけは特別だった。

睫毛の長い澄んだ瞳。
りんごのような丸い頬っぺた。
サラサラの素直な髪。

可愛くて仕方なかった。

人見知りしない優香は、玲にもまとわりついてくる。

自分も子供が欲しい、と素直に思えてくる。

佳孝は何も言わないが、優香に接する態度を見ると、子供が生まれたら、佳孝はいい父親になりそうだ。

(不妊治療をしたほうがいいのかもしれないな…)
玲は思う。

五年前に結婚してから自然に任せていたけれど、一度も妊娠の兆しがなかった。

しかし、佳孝への疑惑が完全に消えない今は、精密検査など受ける気にはなれなかった。




「優香、スイミング始めたんだよ。
ほら。あの駅前のスイミングクラブ!」
玲の母が言った。

「へーそうなんだ。私も昔、通ったなあ」
玲が言い、佳孝は刺身を咀嚼しながら、ほぉ、というように頷いた。

「父ちゃんみたいにならないで、優香はオリンピックでも出ろよ 」
玲の父が余計なことを言った。

「バカ言ってんじゃねえよ。
オリンピックなんか簡単にでれやしねえよ」
会社が休みの兄の健一はビールを飲みながら、切り返した。

幼い頃から水泳が得意だった健一は学生時代、水泳の選手だった。
高校1年の時には、インターハイ候補までなったが肩の故障のため水泳を辞めてしまっていた。

「優香、オリンピック出るぅー!」

優香が可愛らしい声で言い、大人達の笑いを誘った。

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