バージニティVirginity
「俺、25。意外に若いんだーって
言われるんだよね。こないだなんて38歳くらいかと思ったって。
ショックだよ」

加集の言葉に玲は、ぷっと吹き出した。

「38歳って酷いですね。
誰に言われたの?」

「スイミングの教え子だよ。
小学生だから仕方ないけど、頭ひっぱたいてやったよ」

加集はウヒヒヒ、と笑った。

「小学生って生意気だもんね」
玲も笑った。


車は海沿いの道を走る。

久しぶりに見る太平洋は、冬の弱い陽光を受け、穏やかに光り輝く。

真冬だというのに、ウインドサーフィンをするサーファーの姿があちこちに見受けられた。


「海、綺麗ね……」

玲は海を眺めながら言った。

加集が突然言った。

「俺の本業は、スイミングのコーチじゃないんですよ」

「えっ?」

「俺は空手やってるんです。
空手が本業なんです。スイミングはただのアルバイト」

加集はまっすぐ前を向いて続ける。

「日々、精進しながら、道場では、後輩の指導もしてるんです」

「空手…」

玲には馴染みのない世界だった。

空手についてはなんの知識もない。
格闘技自体、興味がなかった。


「俺、来月、トロントへ行くんだ」

「トロント?カナダの?」

「そう。カナダに行くんです。トロントにうちの道場の支部があるんだ。
上からの命で向こうで指導することになったんだ」

「…いつ帰ってくるんですか?」

せっかく、親しくなったのに…
玲はその言葉を飲み込んだ。
悲しくなった。

「当分、帰れないと思う。カナダに骨を埋める覚悟で行けって言われたし」

玲の気持ちなど気付かず、加集は朗らかに言う。

「一時帰国は出来ると思うけど。永住するっていう気構えでいるよ。トロント在住の道場の先輩がいるしね。
なんとかなる」

「….英語、喋れるの?」

「全然。ディスイズア、ペンの世界。でも、英語なんて習うもんじゃない。
慣れるもんだよ。ボティランゲージって手もある」

「へぇ…」

果敢に海外に飛び出そうとしている加集。
そんな彼を違う人種のように玲は感じた。


車は西へひた走る。

人家も減り、海も緑の風景も見飽きた。
車の中は、玲と加集だけの世界になった。


朴訥そうに見えるけれど、加集は意外によく喋る男だった。

短い単語を重ねるようにして。
それはとても心地良かった。


「城ヶ崎海岸って吊り橋が有名なんだよ。あと、城ヶ崎ブルースね」

「城ヶ崎ブルース?」

「えっ、玲ちゃん、知らないの?」

加集はさも驚いたように言った。

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