バージニティVirginity
肝心の試合結果が玲にはよく分からなかった。

何時の間にか、勝敗が決まっていた。


加集は一回戦目、二回戦目は勝った。


『フルコンタクト』と呼ばれる防具なしで闘う空手の試合が、玲にはとても恐ろしく見えた。

両手で顔を覆い隠し、指の隙間から、覗くように観ていた。

格闘技というものをほとんど観たことがない玲には、刺激が強過ぎた。


目まぐるしいほどに大勢の空手家が出てきて、技を競い合う大会だ。

加集と対戦相手が激しく打ち合い、蹴り合う姿があまりにも強烈で、観ていられなかった。
加集が別人のように見えた。


加集は初めは押され気味だったが、徐々に盛り返し、相手の隙をついて攻撃に転じた。

何発かのローキックを繰り出した後、高く跳躍すると、美しいハイキックを相手の頭上に食らわせたーーー
相手の男は勢いよく、床に倒れたーーー


(きゃあ……痛そう!)

玲は目を伏せた。
やっと1枚、写真を撮ることだけで精一杯だった。





試合が終わった後、黒いTシャツに着替えた加集が玲のそばに来て、訊いた。

「玲ちゃん、二十歳(はたち)だろ?」

玲が
「ううん。21歳だよ」
と答えると、

「じゃ、充分飲めるな」

加集は満足気に頷く。


何時の間にか、同じ道場の仲間達と試合会場の最寄り駅近くの居酒屋に行くことになっていた。

男ばかり6人が集まり、女は玲だけだった。

皆、道場名の入った揃いのTシャツを着ていて、スポーツマンらしく伸びやかで元気がいい。
20代半ばの若者達だ。


加集は玲の向かいに座る。


加集は、トロントに渡ってから一年で英語を体得したという。


「これだよなあ。加集」

加集より少し歳上らしい男が小指を立てる。


「加集先輩、好きだからなあ」

「やっぱ、それが一番手っ取り早いんすかねえ」

後輩の男達が言い、加集はニヤニヤしながら黙ってビールを飲み、刺身をつまんだ。


(やだ…加集さん……)

玲はなぜか胸が締め付けられる。
否定して欲しかった。

玲の視線に気づき、加集が玲の方を見て一瞬目が合う。
加集はすぐに目を逸らした。


「玲ちゃんは彼氏いるの?」

玲の隣の席のスポーツ刈りの男が訊く。

「いないんです」
玲は即答した。


「そんなことないでしょう。もてそうなのに」
「なあ。黙ってても寄ってくるよ」
他の男達が言う。

すると、向かいの席にいた加集が、唐突に皆の前で宣言するように言った。


「玲ちゃんは男を見る目なさそうだから、結婚しても、あっけなく離婚するかもな!」


「………」

突拍子もない加集の発言に、一瞬、玲も仲間たちも固まる。



< 48 / 57 >

この作品をシェア

pagetop