花街妖恋
さざ波
 何となく、華龍楼を去るきっかけを見つけられないまま、ずるずると廓で働く九郎助の元に、久しぶりにおさん狐が顔を見せた。

「何だ、すっかり廓の男衆になっちまって。黒狐ともあろうものが、亡八風情に成り下がろうってのかい?」

 食材の買い出しに出ていた九郎助を見、馬鹿にしたように言う。
 今日のおさんは、町娘のナリだ。

「何だ。性懲りもなく、また誰ぞにちょっかいを出しに来たのか」

 九郎助は、ちらりとおさんを見ただけで歩き出す。
 あまり長く一緒にいたい相手ではない。
 また内なる闘争心に火が点いたら厄介だ。

「私はそれが生き甲斐さね。・・・・・・ふ~ん? あんた、一介の遊女が気になってるんだ?」

 素っ気ない九郎助の態度も気にせず、おさんは後からついてきながら、鼻をひくひくさせて、面白そうに言う。
 おさん狐は、人の色恋が大好きだ。
 心の中で舌打ちしつつ、九郎助は華龍楼への道を急ぐ。

「わしの周りにいたところで、お主の好物にはありつけぬであろ。とっとと去(い)ぬるが良いわ」
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