お腹が空きました。
それは見るからにケーキ屋さんの白い箱で。
手のひらサイズのそれを紗耶に渡しながら譲原が微笑む。
「今日仕事終わってから残った材料で作らせて貰った。良かったら食べて。」
「ええっ?!いいのーっ⁈」
紗耶は両手の掌に乗る可愛い箱を見つめながら感激の言葉をもらした。
「ありがとう!嬉しい!」
ケーキケーキケーキーっ‼
紗耶はケーキを見つめたまま、譲原にお礼を言う。
そんな紗耶から視線を杉崎に何故か移して、譲原は静かに言った。
「紗耶さんに食べて欲しいなと思ってた。ちょうど良かった。…じゃ。」
じっと杉崎を見つめ、そういって自転車に跨った譲原に、やっと顔を上げた紗耶は再度礼を言って手を振り見送った。
「…。」
「わーっ嬉しいー何ケーキだろー。あ、帰ったら一緒に食べましょうか杉……」
パシッ
言いかけた言葉はそこで終わり、
突然握りられた手に、紗耶は心臓をも掴まれたような感覚におちいった。
大きな左手にすっぽり収まった自分の右手は、そのまま早歩きの杉崎に引かれ紗耶は無言でついていく。
え、
え、
なんだこれ。
パニックにおちいりつつ、紗耶は駆け足になりながら繋がれた手をほどこうともせず素直に杉崎の後を追う。
なんだこれなんだこれなんだこれ。
左手に持たれたケーキにあまり気を使う事が出来ず、紗耶はぼんやり考える。
ケーキ崩れないかな、とか。
杉崎さん、なんか背中が怒ってる、とか。
今日は晴れてるから夜空が綺麗だ、とか。
靴づれしにくい靴履いてきて良かった、とか。
右腕だけ別の生き物みたいに体温が上がって行く。
「(あれ、やっぱり酔ってるのかな私。)」
紗耶は思考回路停止状態で、ただただ杉崎に引かれるまま歩いたのだった。