お腹が空きました。



頼られてるなら行ってやれよ。

仕事の合間にこっそり軽ーく杉崎に相談するとそんな返事が帰って来た。

「そうですけど…。」

紗耶は薄暗い資料室の棚に書類を直しながら隣に立つ彼をチラリと見上げる。

「4日後には帰って来るんだし。」

「そうですけどーーっ。」


せめてお見送り、したいじゃないか。

紗耶は杉崎の部屋の傍らに置かれた黒いキャリーバッグを思い出した。

寂しい…。

牛野の車でいったん杉崎の家に帰り、荷物を持ってすぐ空港に行ってしまうので、紗耶の目に触れるのは会社でが最後だ。

もちろん人の目があるのでそれはそれはあっさり行ってしまうのだろう。


いってらっしゃいって。

無事帰って来て下さいって。


そうお見送りしたいのに。


凹む紗耶に杉崎はクスリと笑い、必要な書類を引き出して、ぽすっと傍らの椅子の上に乗せた。

「しゃあねぇなぁ…。ほら、来い。」

そう言って愛犬を呼ぶかのように杉崎が腕を広げる。



う…っ。


しゃあねぇってなんですかと思いながらも、紗耶は広い杉崎の胸にぽすっと体を預けた。





「…行ってらっしゃい。」


かさりと頬にスーツの感触。

…杉崎さんの匂いがする。



「ああ、いってくる。」


背中にギュッと回る長い杉崎の腕と安心する体温に、紗耶はなんだか泣きそうになった。


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