磯野くんと花沢さん
「おはよう」
声を掛けると、花沢さんは一瞬、息を呑んだあと、
「…おはよう」
それだけ言うと、行ってしまった。
そりゃそうだろう。
テレビでは、俺がフッたことになっている。たとえ夢の話だとしても、だ。
じゃ、もし、もしも俺が磯野じゃなかった?
すぐにでも告白しているんだろうか?
「花沢さん、俺と付き合って下さい‼」
想像してみる。
なんだか違う気もする。
朝練の酸素不足を差し引いたとしても、どこか違うような気がする。
どこか、と聞かれても答えられないが。
どこか、なんだ。
花沢が好きなんだと思う。
けど、思う、なんだ。
花沢が好きなんだ、じゃなくて。
それだけ、なにも知らない。知りたいけれど、あまりに近しい苗字が、逆に距離を作っていた。
恋なんてそんなものかもしれない。
けれど俺は明日も明後日も明明後日も、球を追う。
遠くに打ったかと思えば、どこまでも追いかける、厄介な情熱を追いかけないといけない。
それが、俺だから。
なんだか知らないけれど、それが俺なんだ。