HAPPY CLOVER 2-ないしょの関係-
 駅の改札口の前には、ひと目見ればすぐにそれとわかる賑やかな集団がいた。中でも田中はいつにもましてテンションが高い。最初から飛ばすと後で息切れするぞ、と思いながら冷めた目で見ていると、その田中がいち早く俺と舞に気がついた。

「よぉ、待ってました!」

 その呼びかけはなんだ? と思うが、仕方なく手を上げて応える。横を歩く舞の足取りが急に重くなったようだ。

「え、ちょっと……あれ高橋さんじゃない? マジで?」

 たぶん俺たちにも聞こえるように、わざとらしい大声を上げたのは西こずえだ。田中以外のメンバーで驚いていないのは沖野くらいだった。沖野は色恋沙汰に無頓着な男だから、これは正常な反応と言える。

「おい清水、いくらなんでも高橋さんにかわいそうだろ?」

 騒々しいグループの輪に混ざった俺と舞に、いきなり菅原がそう話しかけてきた。いつもの癪に障るへらへら顔だったからカチンとくる。

「菅原、それ以上舞を侮辱するようなことを言ったら、容赦なくぶっ飛ばすから覚悟しとけ」

「なにコイツ、むきになっちゃって。しかも『舞』だって」

 菅原は少しビビったらしく、他のメンバーに助けを求めるような視線を送った。そういう態度が本気でムカつく。俺は一歩踏み出して菅原に顔を近づけて言ってやった。

「ふざけんな。わかったのかよ?」

「わ、わかったよ。ごめんね、高橋さん。……って、マジで付き合ってんの?」

 人差し指をメトロノームのように動かしながら俺と舞を交互に差す。

「冗談でこんなところに連れてくるわけないだろ」

 一瞬、場がシンとなった。メンバー同士が無言で視線を交わす。舞が俺の斜め後ろで更に小さくなっていた。



 ――こうなったらもう、アノ手しかないな。



 いや、今のままでも十分だし、俺はむしろこれはあったほうがいいとさえ思っている。でもこういう場合、やはりこれはないほうがいいのだろう。

 おもむろに舞を振り返って、顔の半分くらいを占領している分厚い眼鏡を外し、素早く畳んで俺のシャツのポケットにしまった。

 舞は小さく声を上げたが、俺の動作の素早さに唖然としてほとんど無抵抗だった。

 他のメンバーの視線は一斉に裸眼の舞に注がれる。教室内でも眼鏡を外すことは珍しくはないし、おそらくクラスメイトの誰もが一度くらいは彼女の眼鏡を外した素顔を見ているはずだ。

 それなのに、この驚きようはエリコマジックのおかげなのか?

 特に菅原と西が愕然としているのを見て、この作戦が予想以上の効果を発揮したことに俺は大いに満足する。

 なんだかんだ言っても、外見で他人を判断する輩は多い。それくらい視覚情報というのは強烈なのだろう。

 特に今日の私服姿は薄い黄色のTシャツに白いスカートで、いつもの制服姿に比べれば格段に爽やかな感じがする。更に細い黒のカチューシャが舞の女の子らしさを適度に強調していて、男子からの好感度はかなり高いと思う。

 それに普段目立たない分、インパクトが強い。しかも、大きな目で不安そうに俺を見上げる表情が何とも言えずそそる。

「で、まず何するんだ?」

 内心勝ち誇って天狗になった俺は、まだ茫然としている菅原に話しかけた。菅原はハッとして、まず余裕を取り戻すためか、腰ではいているジーンズのポケットに手を突っ込んで意味もなくのけぞって見せる。

「ボウリングやろうぜ。男女二組ずつで勝負する」

「お、いいじゃん! じゃあ、とりあえず移動するよー」

 なぜか田中が引率係になってメンバーの先頭に立ち、後から一同がぞろぞろと続いた。

 西は俺のほうをちらちらと見て、おとなしい藤谷に何か耳打ちしている。俺は何を言われても気にしないが、それでも女二人がこそこそするのは胸がムカムカする光景だった。





 ボウリング場に到着すると、エントリーシートを囲んでチーム分けをした。ここでは菅原が陣頭に立ち、自分に都合のいいチームを作る。俺は舞と一緒なら異論はないのですんなりと決まった。

 そして各自準備に入る。

 舞がトイレに行くというので眼鏡を返し、俺は舞を待つついでに自動販売機で飲み物を買うことにした。

 何を買おうかと迷っていると、すぐ隣に人の気配を感じた。

「ねぇ、君って高校生?」

 知らないお姉さんが俺の腕に触れるか触れないかくらいの位置に立っていた。結構かわいい人だがかなり派手なメイクで、それを至近距離で見てしまった俺は一瞬ぎょっとなる。

「そうですけど、何か?」

「お姉さんとメル友にならない?」

 これが最近よく聞く肉食系女子だろうか、と思いながら笑顔を作った。

「メル友なら間に合ってます」

 途端にお姉さんはきつい目をして俺を睨む。

「彼女いるんだ」

「いますよ」

「ふーん。でも友達は何人いてもいいじゃん」

 お姉さんは俺に軽く体当たりしながら「ね?」と首を傾げてかわいらしく微笑んだ。

 俺はどうもこの手のケバいお姉さんは苦手だ。何度見てもメイクに気合が入りすぎてて少し怖い。

「俺の友達を紹介しますよ」

 丁寧な口調で提案すると、お姉さんはあからさまに落胆し「はぁ」とわざとらしいため息をついた。

「いや、友達には興味ない。突然ごめんね。これ、あげるわ」

 お姉さんは俺の胸のポケットにチケットのようなものを入れて去っていった。案外あっさりとした性格の人だったらしい。

 見てみると「ボウリング1ゲーム無料券」だった。有効期限を見ると来週から1ヶ月の日付になっている。今日使えない券なら俺もいらないが、とりあえずしまっておいた。

 今のは一体何だったんだ、と思いながらお茶とグレープフルーツジュースの缶を買って振り返ると、ちょうど舞がトイレから出てきたところだった。



「清水の番だぞ!」

 舞と二人でボールを選んでレーンに向かうと、同じチームの沖野が待ちきれない様子で大声を上げる。

 急いでアプローチに立つと右側のレーンに母親より少し年上と思われる女性が既にボールを構えていたので、すぐにアプローチから降りた。

 こう見えても俺はボウリングには少しうるさい。何しろ母親がアマチュアの大会で優勝するような腕の持ち主で、小さい頃からマナーに始まり投球フォーム、果ては理論まで叩き込まれてきたのだ。

 腕にリスタイをつけた右隣の婦人が美しいフォームで投球し終わると、俺は再度アプローチに立った。

 ――見てろよ。

 ボールを抱えてピンを睨みながら立ち位置を確認する。呼吸を整えて腰を落として助走を始め、一球目なので慎重に、そして丁寧にリリースした。

 リリースした瞬間に、これはいったな、と思った。ピンはパカーンといい音を立てて左右に転がる。ストライクだった。背後で歓声が上がった。

「清水くん、プロ級じゃない?」

 同じチームの山辺さんが興奮して立ち上がっていた。一球目で褒めすぎだろ、と思いながら苦笑すると、目の端に舞がボールを持ってふらりとアプローチに立つのが見えた。

 なぜか自分の番より緊張しながら、その挙動を見守る。

 よいしょ、という感じでボールを抱えるとゆっくり歩き出し、そっとボールを送り出した。よろよろと転がっていく様子が舞の印象と重なって、笑いがこみ上げてきたが何とかこらえる。

 後ろで見ている俺と沖野と山辺さんはきっと同じ気持ちだっただろう。三人とも息を止めてボールの行く末を案じる。

「ああ……」

 レーンの上の長旅を終えたボールは優しく撫でるようにピンを転がして消えた。

「おお!」

 俺を含め見学者三名は異口同音に感嘆の声を上げた。

 威力がないのでストライクは無理だったが、あの投球スピードで八本も倒れたことに俺はかなり感動していた。

「これはうちのチームの勝ちかもね」

 山辺さんは隣の菅原・田中・西・藤谷チームのスコア表を見て満足げに言う。まだ1フレーム目なのにいくらなんでもそれは早計だと思うが、誰も否定はしなかった。

 だが、田中が突然立ち上がって勢いよく言う。

「今のは練習だから!」

 山辺さんの言葉に触発されたのか、急に投球フォームの研究を始めた。スコア表を見ると田中は一投目ガター、二投目は三本だけ倒れたようだ。

「田中、真っ直ぐ転がせばいいだけだぞ」

 俺は一心不乱に投球練習をする田中に親切心からアドバイスしてやったが、ヤツの耳には誰の言葉も届いていない様子だ。というか、女子と遊んでいることも忘れている気がする。あんなの楽しみにしていたのに、勝負がかかると女子はどうでもよくなってしまったようだ。

 レーンのほうに目を戻すと、西が投げ終わったところで「フォー!」などと意味不明な高い声を上げて、藤谷ときゃあきゃあ言っている。ちなみに西は器用にも1本だけ倒した。

 ――まぁ、俺の敵はいないな。

 2フレーム目以降も基本に忠実に平常心で投げる。点を稼ぐコツがあるとすれば、これに尽きると思う。ともかくピンを倒さなければ点数にならないのだから。

 そうこうしているうちに1ゲーム目は終わった。

 菅原が尻上がりに調子が良くなり後半スコアが伸びたくらいで、他のメンバーはほぼどんぐりの背比べだった。

 勿論、俺は200越えで余裕の一位だ。こうなると、俺と菅原の一騎打ちの様相を呈してきたと言っても過言ではないだろう。

 ふと隣を見ると舞は暗い表情をしている。心配になってうつむき加減の顔を覗きこむようにすると、舞は閉じたままの唇をニッと真一文字に伸ばした。

 ――え? なに、その表情……。

 面食らった俺は渋い表情を作って問う。

 これはマンガに出てきそうな顔だなと思った。どう見ても笑い顔ではないので、怒っているのかとやや不安になる。

 いや、悪いのは俺だということは重々承知している。この状況で舞が楽しいわけがない。特に菅原と西は、意図的に舞を無視した言動を取っていた。

 西も許しがたいが、俺としては菅原のほうが許せない。男のクセに男らしくない態度だ。だから2ゲーム目は更に格の違いを見せ付けてやろうと密かに思っていたのだ。

 舞はその不思議な表情のまま、少し首を傾げて俺に身体を寄せた。

「後ろのプロっぽいおば様たちが、こっちを怖い目で見ているのだけど」
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