オレンジ
彼女はそう言ったきり、俯いた。
俺はその言葉尻と態度から、どうにか彼女の言わんとすることを汲み取ろうと思考を巡らせてみるが、やっぱり解読はできない。
「彩乃ちゃん?」
「…………」
「顔、上げなよ」
こうして、一段高い位置から、頭を垂れる彼女を見下ろしていると、なんだかまるで弱い者いじめでもしているかのような錯覚に襲われる。
「ねぇ、俺別に彩乃ちゃんのこと困らせたくて言ってるわけじゃないよ」
「……………」
実際こうして彼女は困っているわけだけど、俺はただ、わかって欲しい。
俺は彩乃ちゃんが思ってるほど大人でも紳士でもない、ただのガキで、そして、彩乃ちゃんを好きなただの男だから。
だから、そそくさと帰る後ろ姿なんて、本当は、できることなら見送りたくなんかないってこと。
「…わかってる」
まるで俺の心の声が聞こえたかのようなタイミングで、彼女はぽつりと呟いた。
「困らせるつもりがないのは、わかってるの。…でも」
依然、彼女は俯いたままだ。
「でも?」
「その…なんて言うか…怖くて」
「え?」
ようやく顔を上げた彼女は、頬をほんのり紅潮させながら言った。
「…そういうこと、したことなくて…。だから…」
蚊の鳴くような声がかろうじて俺の耳に届き、その意味を俺が脳内で噛み砕いているうちに、その頬はさらに赤みを帯びていく。
そういうことだったのか。
ようやく合点がいくと、今度は笑いがこみ上げてきて、思わず俺は吹き出してしまった。