オレンジ

「もしもし」
「もしもし拓真?…あたし」
「わかってるよ。どうした」
「…会いたいの」
「なんで?」
「なんでって、どうして?」
「どうして?じゃねぇだろ。別れてんだから」
「…冷たいね」
「やり直す気なんかないって何回も言ってるじゃん、俺」
「あたしはやり直そうって何回も言ってるじゃない」

埒があかない。
このところよく連絡を寄越す元カノだった。


「ねぇ、何回言わすんだよ。別れようって言ったのお前だろ?」
「だから、考え直したの。あたし、やっぱり拓真がいいって思ってる」

俺は口調が荒くならないよう気を遣いながら言った。

「無理だよ、もう。なぁ、どうしたらわかってくれんの?」
「………電話じゃなくて、会って話したい。拓真の顔が見たいの」
「……………」


語尾が掠れて、聞き取りづらい。
時々鼻を啜る音で、彼女が泣いているとわかったけれど、俺は彼女の涙には鈍感になっていた。
付き合っていたときから、よく泣く女だった。

「なぁ、俺に泣かれても困るって。もう俺、どうもしてやれねぇから」
「もう一回でいいから。それで最後にするから…もう一回だけ、会いたい…」
「…今日は無理。もう飲んだし運転できない」
「…じゃあ、明日ならいい?」


こんなやりとりを、何度繰り返したんだろう。
毎回似たような会話をして、結局会うことになり、泣きつかれて、それをなだめて、しばらくしたらまた電話が来て。

俺が電話を無視すればいいだけの話だけど、それはできなかった。
嫌いになって別れたわけではなかったから、傷つけたくはなかった。


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