オレンジ

「もしもし」

電話に出ながら、俺は翔太に目で合図して席を立ち、店の外へ向かう。
狭い店内はほぼ満席で騒々しく、ゆっくり話ができそうにない。

「あ、もしもし、あのっ…電話、じゃない、メール!送ったんですけど…」
「あ、うん、見たよ。ごめん。返事、今しようと思ってたんだけど」
「いえ、あの…すみません、なんか急に…しかもこんな、催促するみたいに電話しちゃったりして」
「ううん。全然」

初めて電話で話したときの様子が、脳裏に蘇ってきた。
あのときもこんなふうに彼女は慌てふためいていて、うまく喋れていなくて。
でも、俺だってすごく、緊張していた。
ただ、それを悟られたくなくて、余裕があるように見せたくて必死だった。
その余裕を見せたつもりが、なんだか変な方向にいってしまって、結果的には彼女の反感を買う羽目になった。

今だって、余裕なんかない。
ただ、彼女のほうが俺よりもずっと余裕がなさそうなことはわかる。

「アップルパイ、食おうよ。今どこにいるの?」

腕時計を見てから、おそらくバイトを上がってあのカフェの近辺かな、と予想する。

「駅にいます」
「あぁ、二子玉?」
「…じゃなくて、三茶」
「え!?」

予想外の言葉に、思わず声が大きくなる。

「なんで!?」
「いえ、だって…前に言ってたじゃないですか。三茶に住んでるって」
「いや、それは言ったけどまさかいきなり来るとは思ってなくて…」
「…迷惑でしたよね。いきなり」

彼女の声が小さくなる。

「いや、そうじゃない。びっくりしただけだから!来てくれたのは嬉しいよ、マジで!」
「……あたし、どうしても今日話がしたかったんです。…あなたと」
「話って…」
「………………」

彼女が黙り、沈黙が訪れる。


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