俺と初めての恋愛をしよう
午後の業務は昨日、休んでしまった分も処理し、いつもより集中して仕事をした。朝に出社してみれば、デスクの上には決裁版が山積みになっていた。メールなどもたまり、読むだけで大変であった。急いでも、間違えないようにと慎重に仕事を処理したが、 5時までには終わらず、残業となってしまった。一人帰り、また一人帰り、気が付くと、今日子と後藤だけになっていた。
フロア全体は広く、後藤のデスクとも割と離れているからあまり気にもならなかったが、昨日の今日だ。少し緊張する。更に作業をする手を早めなんとか終わらせることが出来て、時計をみれば8時を少し過ぎていた。
急いで帰り支度をし、後藤に挨拶しに行く。

「部長、お先に失礼します。お疲れ様でした」
「……一日、顔色が良さそうで安心した」

とても心配をしてくれていたのだろう。強気な感じはなく、優しく言葉をかけてくれた。

「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。では」

一礼をして去ろうとした時、後藤に呼びかけられた。

「林」
「はい、部長。何か?」

後藤はおもむろに立ち上がり、今日子の傍にゆっくりと歩み寄った。

「……林……」

後藤が優しく広いその胸で今日子を抱き寄せた。

「!!」

声も出せずびっくり立ちすくんでいる今日子をただ優しく包みこんだ。
抱き寄せられたことに、体が硬直する。

「林。いつでも俺が傍にいる。これからもお前が信じ、頼れるようになるまで、この言葉を言い続ける。だから林、俺を上司ではなく、男として見てくれないか? 強引にしてしまって悪かったと思っている」

こんなに切ない声で懇願する後藤を初めてだ。
新人教育の時から厳しく、いつも鋭い目で指摘をし、怒鳴っていた。
そんな後藤しか記憶になかった今日子は、甘く懇願する目の前にいる男を同一人物だとは思えない程だった。
これほどまでに、密着しているのに、後藤には拒否反応はなく、眠りに落ちる時のような深い心地よさがあった。初めての感覚だった。

「……林」

後藤の名前を呼ぶ声に我に返り、後藤を突き放し部署を急いで後にした。

 
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