孤独の戦いと限界
『…兄さんこそ大丈夫?』
『えっ?、ああ、大丈夫だよ』
『でも兄さんらしさがない気がするよ』
『多分、今日友美と一緒に登校出来なかった影響かも。今まで一緒に登校してたのに、今日は久々に一人で登校だからね』
『…淋しかったの?』
『バ、バカ!、でも、ただ何となく…』
『…そう』
『………』
何となく…、何だろ?
まさかシスターコンプレックスじゃないだろうな。
頭をブンブン振って、否定する。
…‥
‥
『やっぱ調子悪いかも、部屋で休むよ』
『‥そうだね、今日は夜更かしはダメだよ』
『解ってる』
部屋に戻りベッドに倒れ込む、ため息が出てしまう。
『頭がもやもやする』
ふぅ‥、生きるのは戦いだなぁ、明日は平穏な一日だろうか‥。
…‥
‥
〜翌日〜
『兄さん、起きて』
肩を揺すられて、睡眠から浮上する。
『…うぅ…、うく…』
『兄さん!』
『…ふぁ、‥…、ともみ?』
『うなされてたよ、悪い夢でも見てたの?』
体を半起こしにして、自分の状態をチェックする。
『………』
大量の汗でカッターシャツが、所々濡れている。
額からも汗が流れ落ちる。
『ハァ‥、ハァ…』
『凄い汗…、大丈夫?』
『ああ、何でもない』
『…そう見えないけど』
『たまには悪夢くらい見るよ、気にしないで風紀頑張ってくれ』
『………』
『友美?』
『…解りました、じゃ、行って来るね』
友美は不安げな様子で、部屋を出る。
ダメだ、昨日から調子が悪い…。
気合いを入れる為、頬を何発かたたく。
〜学校〜
教室に着き、軽く挨拶して席に着く。
『………』
絶望に陥り、手首を切り、自殺する夢を見た。
普段ならあんな夢は見ないんだけど、唐突の悪夢かな。
『おっはよ、宮川♪』
バシっと景気付けに背中を叩いてくるが、冷静に挨拶を返した。
『椎名、おはよ』
『…どうしたの、元気ないわね』
『まぁね…、……』
下を向いてため息を出す。やたらと印象に残る悪夢。
『…ホントにどうしたの?』
『…俺の夢に聞いてくれ』
『夢?、何それ?』
『…さぁね』
『何よそれ、言いかけて止めるなんて』
『おはよう、椎名さん』
『あ、おはよ、宮川さん』
友美が風紀活動を終え、教室に戻ってきた。
『…兄さん、調子はどうですか?』
『………』
病人が無理して学校に来たみたく、俺の表情をうかがう友美。
『‥So so』
『何がSo soよ。宮川さん、何かあったの?』
『ちょっと兄さんが、夢にうなされていた様で…』
『へぇ〜、どんな夢?』
『…聞いても絶対笑えないぞ』
『笑える夢なら気落ちしないでしょ。いいから教えてよ』
『…ふぅ、物好きだな』
ため息混じりで、皮肉を込めた。
…‥
‥
『嫌にはっきりした夢だった。俺はちどり足で公園まで、泣きながら歩いていた。
そして持っていた刃物で、自分の手首を切って………』
…‥
‥
『…しんじゃった』
『……止めて、兄さん』
ショックだったか‥、友美は凍りついてしまった。
『何よそれ!、夢なんていちいち気にしてれば生きていけないわよ』
『(解ってるよ、お前らが聞きたいなんて言うから…)』
『大体、宮川自身が自殺なんて考えた事ないのに』
『そうだよ!、そう言えばそうだよ!、夢の中ですら考え事してるの!?』
『………』
友美が勢い込んで来る。
感情が暴走してるようにも見えるが。
『そうだよね?』
『兄さん?』
二人一緒して同意を求めてくる。
けど俺は、思考を巡らせていた。
『…自殺』
初恋の失恋が一番、あの世を連想させるんじゃないのか。
人生において、初めての大きな痛手。
身近で立ち直りにくい、強い挫折感。
友美や椎名は考えないのだろうか…
俺は同調を求めて、彼女らを虚ろな目で見つめた。
けど、それが裏目にでた。
『………』
『………』
言葉を失った椎名に、小刻みに震えている友美。
即座に、自殺など無縁、と言ってほしかったらしい。思考を巡らした事が、彼女らにとっては、俺が自殺を考えている、と思わせたようだ。
担任の藤先生が来て、会話は中断した。
…‥
‥
〜昼休み〜
教室で昼飯を食べる事にした。
さっきから気分がブルーで、外で食べる気がしない。
どうせ悪夢だったというオチだろう。
こんな事まで、真面目に悩んでも仕方ないんだが…。
『一人淋しく食べてるわね』
『孤高に生きる狼なんで‥、友美も一緒か?』
『…うん』
『せっかくだし一緒に食べようよ』
『………』
察するに、俺の悪夢に釘を刺しに来たな。
『いいよ、でも俺の飯に飛び付くなよ』
『私がそんな事する訳ないでしょ!』
『椎名は肉食系だからな、一応…』
『また言ったわね!』
『わりぃ、軽率だった』
『………』
観察でもしてる様に友美が俺を見てくる。
『‥どうした友美、何か顔についてる?』
『…いえ』
…‥
‥
話題らしい話題が続かず、黙々と昼食を食べる。
友美はと言えば、昼食の用意をせず、ずっとうつむいている。
大丈夫?、と何度か声をかけるが、ため息ばかりついている。
『あ〜、宮川、本題に入るんだけど…』
『何だ?』
『今日の朝の夢の話だけど‥』
またか…‥
『そいで?』
『まさか、もう気にしてないでしょうね?』
『…俺にとっては必ずしも、無縁の悪夢じゃないんだ。小さい頃に傷心して以来…』
『!!!』
突然、友美が咳き込んで、口を手で覆い隠す。
『!、もう、あまり宮川さんを心配させないでよ』
『大丈夫だ、友美を置いて死ぬ事はないから』
『そんな言い方も止めてよ!』
『俺と椎名では気性が、対象的だから仕方ないだろ』
『‥兄さん』
『何だ?』
『兄さんは、死にたいと思っているの?、私の知らない過去に何があったの?』
『………』
悪いが友美、その質問には答えられない。
傷心の原因は失恋だが、この想いは誰も共感できることのない、俺だけに課せられた苦しみ、宿命なんだ。
この失恋の想いはいずこへ…
この意味がお前らにわかるっていうのか…。
そう…、俺は常に、普通の人間、普通の思考、普通の在り方の状態がない。
失恋というショックを受けて以来、俺にとっての普通がどこかへ消えてしまったんだ。
失恋で自分が大きく変化して、やんちゃだった俺が、今では立派な読書家になってしまったんだぞ。
『………』
もういい、理解できない事を話しても仕方ない。
とりあえず、この話題に終止符だけ打っておこう。
『…ただの悪夢というオチだよ。俺の過去なんて、言うほどの事はないよ』
『ホントに?』
『ああ、悪夢だけにそこまで気にしてたらハゲるぞ』
『…、よかった、何があったのかなと思ったよ』
『悪夢は気にしてはいるが、あくまで夢の中だ。現実と重ね合わせようとする両人こそ恐いぞ』
『あ‥、そうだよね。気をつけるよ』
『宮川が変な事言うから、あんたが全部悪いのよ!』
『気をつける』
…どうやら、話題が逸れたかな。
とりあえずホッと一息。
俺のような人間は一人で十分だ。
これ以上、生産されない事を切に願う。
…‥
‥
『風紀って、早起きがつらくない?』
『学校を清めるのは、私にとってやり甲斐があるよ。委員長もいつでもどうぞ♪』
『清める対象は、そこに座ってる宮川みたいな?』
『おとなしい分、まだ大丈夫かな』
『………』
…聞こえるように言うなよ。
…‥
‥