フェアリーテイル
3.過去の花弁




 何処か様子のおかしいミリアを部屋に帰してから、ライネは自室でソファに座っていた。
傍らではネーネが気遣わしげに佇んでいる。

「ライネ様…」

遠慮がちに声を掛けられ、ライネは弱々しく微笑んだ。

「ありがとう、ネーネ。僕は大丈夫だから、ミリアの傍にいてあげて」

そう頼まれ、ネーネは困った様にか細い声で鳴いた。
それでも今は主の傍に居たい。そう願ってのことだ。

「…彼女を、悲しませたくないだけなのにね」

不意にぽつりとライネが零す。
ネーネは俯いたまま、何も答えない。

 セイドリックに最後に言われた言葉が、今でも心にずしりと鉛を落とす。

「それでも僕は…」

呟きかけ、頭を振る。

「さぁ…もう行って」

微笑んでみせると、ネーネは小さく頷いた。
 主が望むようにミリアの部屋へ向かい、その扉をノックする。
中から小さな返事が聞こえたのを確認すると、ネーネは扉を開いて中に滑り込んだ。

「ミリア様…」

声を掛けると、沈んだ様子のミリアがベッドに横になっていた。
出かける前に上機嫌で来ていたドレスもそのままに、左手はだらしなくベッドから投げ出されている。
 ネーネが近寄ると、ミリアは思いつめて泣いていたのか、瞼が腫れてしまっていた。

「お加減はいかがですか?」

「大丈夫…」

ぽつりと呟くミリアの様子は、どう見ても大丈夫とはいえない。
それでもネーネは余計なことは差し挟まず、別室から冷やしたタオルをもってきてミリアに差し出した。

「ありがとう。ネーネは…優しいね」

「いいえ…」

ミリアは右手で器用に瞼を冷やしながら呟いた。
ネーネは投げ出されたままのミリアの左手に顔をこすりつけると、指の先を優しく舐めた。

「ネーネ。私ね、まだライネさんに会って日は浅いけど…何もあの人のこと知らないけど…なんでかなぁ。あの時…とっても…」

続けようとしてじんわりと目が熱くなる。
零れてくる涙は全てタオルに染み込んでいって、ミリアはそんな自分が情けなくなった。

「ミリア様」

ネーネがぽつりと喋りだした。
ミリアは返事をする気力もないまま、ただネーネの言葉に耳を傾ける。

「差し出がましいかと存じますが…ライネ様とお話しになられるべきです」

ネーネがきっぱりと言い放つと、ミリアは弾かれたように身体を起こした。
そこにはネーネの金色の瞳が真っ直ぐにミリアを射抜いていて、ミリアは心臓がどきりと鳴るのを感じた。

「でも私」

「ミリア様は聞くべきですし、ライネ様もお話しするべきことがたくさんあるはずでございます。お話しもせずに悲観にくれるなんて…ネーネは、お二人に幸せになっていただきたいのです」

淀みなくそういわれ、ミリアは言葉を失った。
確かに、ミリアは聞こうとしなかった。
いや、聞こうと思ったことはあったのに、ライネのあの表情を見たら怖くて聞けなくなってしまったのだ。

「…わかったわ。私、彼に会ってくる…」

「はい!それでこそミリア様です」

ネーネは嬉しそうにニャアと鳴くと、そのままでは行けないから、とドレスと髪を直してくれた。
なんとか腫れてしまった瞼以外は見られるようにしてもらって、ミリアは駆け出した。


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