フェアリーテイル
2.霧の森の姫





 翌朝ミリアが目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋だった。
やはり昨夜のことは夢だったのだ。そうに違いないと自分に言い聞かせながら、洋服のまま眠っていた事に気がつく。
さっさと着替えてしまおうとクローゼットに歩み寄り、手を伸ばしかけてはっと気がつく。
昨夜の不思議な事を思い出して。
それでもクローゼットの扉をそっと開くと、やはりそこは見慣れた殺風景なクローゼットだった。
それに安堵すると、ミリアは着替えを掴んで部屋を後にした。
 階下に降りると、母親が朝食を作っている最中だった。
ミリアはその横をおはよう、と声をかけながら通り過ぎると、バスルームに足を踏み入れた。
すっかり皺だらけになってしまった洋服を脱ぎ捨て、熱いシャワーを浴び終えると少しは頭がしゃんとした。
シャワーを終え、ミリアがリビングに顔を出すと、母親が笑顔で出迎えた。

「おはようミリア」

「おはよう、ママ」

母親が用意してくれたベーコンエッグを目の前にして、初めて自分が空腹だったと思い至り、ミリアはそれをゆっくり食べ始めた。
そうしていると、すっかり昨夜のことなど頭の隅に追いやられ、ミリアは学校へ行くために立ち上がった。

「じゃあ、行ってきます」

母親に声を掛けると、ミリアは駆け出した。
今日は苦手な科目があるのだ。早めに行ってクラスメートにノートを見せてもらわないと。
そんなことを考えつつ、学校までのそう遠くない距離を駆ける。
同じ学校に通う生徒の波に飲み込まれながら、ミリアは走り続けた。







 授業というのは得てしてタイクツなもので。
理数系の教科が苦手なミリアは、早々に公式を理解する事を諦めて窓の外を眺めていた。
太陽は忌々しい程に教室に暖かい光を提供し、それが抗えない眠気を誘う。
実際、その誘惑に負けたであろうクラスメートの何人かは、船を漕いでいる。
ミリアはそうした彼らの仲間入りをしないように、必死に意識を繋ぎとめている最中だった。
 ふと外を見れば、窓の外を猫が歩いていた。
ミリアの教室は三階にあるのに、どうやって入り込んだのか。白地に黒のハチワレ猫は、優雅にベランダの欄干で毛づくろいにいそしんでいた。
 急に思い出されるのは、昨夜の夢のことだった。
あの不思議な城にいた猫は、ネーネと言っただろうか―…そう考えていると、目の前の猫と視線が絡み合った。
猫はその瞳をミリアから離さずに、じっと見つめてくる。

「ネーネ…?」

まさか、と思いながら思わず呟く。
目の前の猫はミリアの声が聞こえているかのように、目を細めてにゃーと鳴いた。
 不意にチャイムが鳴り、授業の終わりを告げる。
ミリアは教室から去っていく教師に咄嗟に視線を送り、慌てて窓の外に視線を戻した。
もうそこに猫はいなく、相変わらず外では太陽の光が降り注いでいた。
 ミリアは頭を振ると、机の横に掛けられていたカバンを掴んで立ち上がった。
何人かのクラスメートが一緒にカフェに行こうと誘ってくれたのだが、ミリアは断った。
そのまま教室を後にすると、帰路に着く。
探している自覚はなかった。
ただ、なんとなく先ほどの猫が気になったのも事実だった。
 ぼんやりと考えながら歩いていると、いつの間にか薄暗い路地に来てしまっていた。
気がついたミリアは、慌てて元来た道を引き返そうと踵を返す。
目の前に、いつの間にか猫がいた。
白地に、黒の毛並みの―…夢の中に居たネーネにそっくりな。

「あなた…」

思わず声が出て、ミリアはその先を続ける事を躊躇った。
目の前の猫に話しかけることは、昨夜の夢を肯定することになりそうで。
そのまま猫を見つめ、口をつぐんでしまう。


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