サヨナラの前に抱きしめて-泡恋-
ななせ先輩
午前八時過ぎ。眠たい目を擦りながら、教室を目指して重たい足を進ませる。
顔は起きてるけど、頭は眠ったまま。
ぼんやりする思考を止めてただ歩く。冬の風は肌が痛いと思うほど冷たい。
マフラーをしていても首元には風が当たるし、ブレザーのポケットに入れた手もかじかんで冷える。
教室の前までもう少し、と思った時誰かと肩がぶつかって、声が小さく重なった。
「わっ!」
「ご、ごめんなさい」
やけに大人っぽい声が降ってきて一気に目が覚める。
視線を向けた方向にいた人物は、驚いて一歩下がる。
扉の隣で立ち止まると教室へ入ってくクラスメートに、じろじろ不思議なものを見る目で視線が飛ぶ。
「ななせ先輩」
「え?」
思った言葉が、ぽろっと落ちて咄嗟に両手で口を覆ったけど言ったあと。
ななせ先輩は私のことなんか知らないのに、私がななせ先輩を知ってたら変だ。とっても。
恥ずかしさのあまり、頬がピンクに染まる。
そんな私とは反対に、ななせ先輩は口をきつく閉じ一言声を上げると黙って、何かを言いたそうな表情で視線を右へ左へ泳がせる。