風に恋して
「母さん!どういうことなの?」

エンツォがヒメナの身体を揺らし続けると、ゆっくりヒメナのまぶたが上がっていく。

「母さ――」
「あなた、だあれ?私はヒメナよ。あなたのお名前は?」
「え……?」

そう言ってエンツォにニッコリと笑ったヒメナ。笑い方や仕草が、幼い子のそれのようで。無邪気にエンツォを見つめるその瞳は、変わらず深い海のようなダークブルーなのに。自分と同じ色なのに。

ドクン、と先ほどの感情がまた沸きあがってくる。

「俺は、エンツォだよ」

自分はうまく笑えていただろうか。ヒメナが、自分がつらいときでもエンツォに笑いかけてくれたように。

「エンツォ?いい名前ね」
「うん。大好きな母さんがつけてくれた名前だからね」

大好きな人。エンツォの唯一の心の拠り所だった。いつだって笑顔を向けてくれた。やっと、自由になれると思ったのに。

すべてを奪われた。ヒメナは想いを寄せていたオビディオに、その恋心を利用されたのだ。捨てられて、乱暴されて、愛してもいない男に無理矢理抱かれて、使用人にまで襲われて。

――心を、閉ざしてしまった。壊れてしまった。

すべての始まりが、オビディオにあるのなら。大切な人を壊されたこの絶望を、同じ苦痛を与えてやる。
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