純潔の姫と真紅の騎士
その日の夜9時丁度に<聖剣士六士>はジャルーヌを訪れた。
大広間に入った時に目に入ったのは、緑色の長いくせ髪の女だった。
六人はその女をみて、少し不機嫌そうに眉間に皺をよせた。
それでも進み来る六人にジャルーヌは苦笑を浮かべた。
カイがジャルーヌと女の前に立つと、右手を剣に添えた。
「兵士も大広間から退席させて、俺たちだけにするということは、彼女は俺たちにとって重要人物ということですね」
カイの言葉にジャヌールは深くうなずき、女を紹介した。
「とりあえず、名前だけでも紹介しておこう。彼女はアリウム」
アリウムは初めてみる<聖剣士六士>に興味を抱きながらもお辞儀をした。
六人も返礼をする。
「これからは君たちとアリウムだけで会話をしてもらう。たまに儂も入るが、基本君たちの会話だ。敬語も何も使わなくてよい」
ジャヌールの言葉にうなずいた六人とアリウムは小さくうなずいて、互いに見合った。
「じゃぁじゃぁ俺たちからしつも~ん!アリウムちゃんは何でここにいんの?しかもジャルーヌ様と知り合いって、お偉いさんなの?」
ハンスの呆れるほど空気が読めない性格にアリウムも唖然としつつ、質問に答えた。
シノは諜報役としての癖なのか、ジッとアリウムを監視するかのようにみていた。
「あたしは……黒水晶によって操られている黒の国と呼ばれている国、ドータル国出身です」
その瞬間、聖剣士六士はそれぞれ自分の武器を手にした。
が、ジャルーヌが
「やめい。アリウムの話を最後まで聞け。アリウムは儂に害を与えん。それは確かだ」
と言ったことにより聖剣士六士は渋々ながらも武器をしまったが、その目には未だ疑いの色があった。
「信じれないかもしれませんが、本当のことです。あたしはジャルーヌ様と手を組んでいます。クロユリなんかにこの世界を渡してはいけない。そんなこと絶対にさせない。黒水晶にも……。あたしは、黒水晶を壊したいんです!そのためにはジャルーヌ様と手を組む必要があったんです」
「つまり、寝返ったということですか?」
ノイズのキッパリとした物言いにも動じず、アリウムはうなずいた。
「はい。元からあたしはクロユリの味方ではありませんでしたし、あたしが唯一尊敬して、助けたいと思っているのはスイレン様だけです」
アリウムの口から出た人物の名前にカイが反応した。
「……スイレン?」
アリウムは緑色の目を力強く光らせた。
「はい。少し話が長くなりますが、覚悟して聞いてください。黒の国ドータル国で、ある時女の子が産まれました。その子はドータル国王クロユリと今は亡き王女スイセン様の子供です。その子供の名前はスイレン。スイセン様はスイレン様をお産みになられてすぐに他界いたしました。そしてスイレン様の母親はリンドウ様になりました。スイレン様の親はちょうどその日に黒水晶を拾ったのです。そして、拾った瞬間から黒水晶を魅入ってしまっていました。スイレン様の親は黒水晶に心を操られてしまいました。しかも、スイレン様は親が拾った黒水晶に産まれ落ちた瞬間から魅入られてしまいました。黒水晶とスイレン様は共に生きることになりました。黒水晶は、産まれたばかりのスイレン様と自分は共にこれからも一緒に生きる、と仰いました。ですが、スイレン様の義母であるリンドウ様はそれを許しませんでした。リンドウ様は黒水晶を何よりも大切にしており、黒水晶に魅入られたスイレン様に醜い嫉妬心を抱きました。自分ではなく、スイレン様が選ばれたことにムカついたのだと思います。それでも、黒水晶の言うことは絶対なので黒水晶が言うことには逆らえません。黒水晶はそれを知ってリンドウ様に言いました。”地下深く、誰も来れないほど地下深くに自分とスイレン様を一緒に監禁しろ ”と。リンドウ様は言う通りに動きました。クロユリはそれに反論することもしませんでした。クロユリ様は黒水晶に心を操られている上、リンドウ様を溺愛しているので……。スイレン様の気持ちなど、一生クロユリが知ることなどないでしょう。そしてスイレン様は黒水晶と共に地下深くに監禁されました。スイレン様に会いに行けるのはあたしと側近の中でも最年長のトールさんだけです。そしてスイレン様は産まれた時からずっと、黒水晶と共に真っ暗な、光も入らない場所で明かりも点けることなく、過ごしています。スイレン様は……助けを求めたことがないのです。普通の人ならば、とても身が裂けそうなほど叫ぶはずなのです。”暗い、怖い、助けて、気持ち悪い、誰か ”と。スイレン様は”世界 ”を知った後でもそうすることはしませんでした。まるで、現実から目を背けるかのように”世界 ”を知らないフリをするのです。もしかしたら、そうしても意味がないことをスイレン様は知っているのかもしれません。例え助けを求められても、あたしたちには助けることができないのです。黒水晶は恐ろしい力を持っていましたし、助けだそうとしても黒水晶がそれを許しませんでした。黒水晶のあのネットリとした、ドロドロとした靄からスイレン様は出れないのです。あのときのことを思い出すと今でもゾッとします。スイレン様の細く……恐ろしく白い片腕だけがあたしたちに伸ばされて、必死に何かを掴もうとするんです。だけど、だんだんと靄に包まれていくんです。そして、ぐったりと力をなくしたように腕が垂れるんです。黒水晶に魅入られたスイレン様は、あの靄から出れないと確信してから、全てから目を背けてしまったように思えます。ただただ黒水晶に気に入られるようにしています。そして、いつしかスイレン様は自分の心を隠し、感情という物を失いました。あたしはそんなスイレン様を見ていられなくなりました!いえ……、元から見ることは不可能だったんですが……。でも……だから、黒水晶を壊すことができると言われているこの国の国王ジャルーヌ様へと寝返ったんです」
黒水晶に魅入られた少女、スイレン……か。
カイは顎を少しさすり、閉じていた瞼を上げた。
アリウムは泣くのを我慢するかのように必死に何かを堪えていた。
「悲しかったラ、泣いていいんだヨ?」
少しだけ微熱があるものの、動けるようになったチェレンがそっとアリウムの背中をさすった。
「いえ、あたしは悲しんじゃいけないんです。本当に泣きたいのはスイレン様ですから」
皆が黙ったとき、アネモネがウサギを抱き上げた。
「黒水晶に魅入られた少女ってさぁ、逆にいえば神に裏切られたって意味だよねぇ。悲しいねぇ。味方が誰もいないんだねぇ。きっと暗い闇の中で感じられない長い季節の日々をさぁ、禁じられた部屋の奥で過ごしてたんだろうねぇ。寂しさ埋めるようにさぁ、虚しさを燃やすようにさぁ」
スイレンが驚いてアネモネを凝視した。
それでもアネモネはウサギに話し続ける。
「その子はさぁ、黒水晶からどんな風に世界を眺めているのかなぁ。壊したいとか思っているのかなぁ。でもさぁ、もしその子が世界に出てきて、黒水晶に魅入られた子って皆に知られたらさぁ、その子をみる人たちの視線はさぁ、容赦も慈悲もないだろうねぇ。そんな視線を浴びたらさぁ……ぞっとするだろうねぇ」
アリウムがギュッと胸の前で両手を握った。
カタカタと震えている。
「……人は……何の罪もないただの幼い少女をそんな風に見るんですか……?」
「仕方ないよねぇ。黒水晶に魅入られて神に裏切られ続ける子なんだからぁ」
「……いや、いや、いや、そんなの……そんなのいやよ……スイレン様は……スイレン様は……そんな視線を浴びる人じゃないの……本当は……本当にいい人で……見ることはできないけど……でも、本当に美しくて……本当に……動物が好きで……あんなことさえ、あんなことさえなかったら……!あの人たちが……黒水晶なんかに魅入ることがなかったら……!殺してやる……!殺してやるのよ!!」
ドッと鈍い音がして、アリウムがゆっくりと前のめりに倒れていく。
それを支えたのがカイだった。
「少し気絶させただけだ。しばらくすれば起きるだろ。コイツの大体の事情も分かったことだし、ぶっ壊れる前に寝かしておいたほうがいいだろ」
カイの言葉に皆がうなずくと、ジャルーヌが立ち上がった。
「時間も遅い。今日はもうこちらに泊めておけるか?」
「おっけ~!俺らの部屋、空いてるとこあったよな?そこに寝かせておこうぜ!結構疲れてるみたいだし、隈がすげぇよ、この子。よっぽど悩んでたんだなぁ」
ハンスがカイが腕に抱いていたアリウムを背中におぶり、チェレンと一緒に自分たちの宿泊部屋へとつれていった。
シノはアネモネを抱き上げて小さく叱咤した。
「……アネモネ、こうなることを予想していなかったのか?」
アネモネはその質問には答えず、ポケットを探り、飴を取り出して口に放り込んだ。
質問に答えないことを予測していたシノは小さくため息をついて、カイをみた。
「……カイ、そろそろ消灯時間になる。戻ろう。アネモネも寝かせないといけない」
シノの言葉を聞いたカイは軽くうなずき、ジャルーヌに軽いお辞儀をして部屋から出ていった。
大広間に入った時に目に入ったのは、緑色の長いくせ髪の女だった。
六人はその女をみて、少し不機嫌そうに眉間に皺をよせた。
それでも進み来る六人にジャルーヌは苦笑を浮かべた。
カイがジャルーヌと女の前に立つと、右手を剣に添えた。
「兵士も大広間から退席させて、俺たちだけにするということは、彼女は俺たちにとって重要人物ということですね」
カイの言葉にジャヌールは深くうなずき、女を紹介した。
「とりあえず、名前だけでも紹介しておこう。彼女はアリウム」
アリウムは初めてみる<聖剣士六士>に興味を抱きながらもお辞儀をした。
六人も返礼をする。
「これからは君たちとアリウムだけで会話をしてもらう。たまに儂も入るが、基本君たちの会話だ。敬語も何も使わなくてよい」
ジャヌールの言葉にうなずいた六人とアリウムは小さくうなずいて、互いに見合った。
「じゃぁじゃぁ俺たちからしつも~ん!アリウムちゃんは何でここにいんの?しかもジャルーヌ様と知り合いって、お偉いさんなの?」
ハンスの呆れるほど空気が読めない性格にアリウムも唖然としつつ、質問に答えた。
シノは諜報役としての癖なのか、ジッとアリウムを監視するかのようにみていた。
「あたしは……黒水晶によって操られている黒の国と呼ばれている国、ドータル国出身です」
その瞬間、聖剣士六士はそれぞれ自分の武器を手にした。
が、ジャルーヌが
「やめい。アリウムの話を最後まで聞け。アリウムは儂に害を与えん。それは確かだ」
と言ったことにより聖剣士六士は渋々ながらも武器をしまったが、その目には未だ疑いの色があった。
「信じれないかもしれませんが、本当のことです。あたしはジャルーヌ様と手を組んでいます。クロユリなんかにこの世界を渡してはいけない。そんなこと絶対にさせない。黒水晶にも……。あたしは、黒水晶を壊したいんです!そのためにはジャルーヌ様と手を組む必要があったんです」
「つまり、寝返ったということですか?」
ノイズのキッパリとした物言いにも動じず、アリウムはうなずいた。
「はい。元からあたしはクロユリの味方ではありませんでしたし、あたしが唯一尊敬して、助けたいと思っているのはスイレン様だけです」
アリウムの口から出た人物の名前にカイが反応した。
「……スイレン?」
アリウムは緑色の目を力強く光らせた。
「はい。少し話が長くなりますが、覚悟して聞いてください。黒の国ドータル国で、ある時女の子が産まれました。その子はドータル国王クロユリと今は亡き王女スイセン様の子供です。その子供の名前はスイレン。スイセン様はスイレン様をお産みになられてすぐに他界いたしました。そしてスイレン様の母親はリンドウ様になりました。スイレン様の親はちょうどその日に黒水晶を拾ったのです。そして、拾った瞬間から黒水晶を魅入ってしまっていました。スイレン様の親は黒水晶に心を操られてしまいました。しかも、スイレン様は親が拾った黒水晶に産まれ落ちた瞬間から魅入られてしまいました。黒水晶とスイレン様は共に生きることになりました。黒水晶は、産まれたばかりのスイレン様と自分は共にこれからも一緒に生きる、と仰いました。ですが、スイレン様の義母であるリンドウ様はそれを許しませんでした。リンドウ様は黒水晶を何よりも大切にしており、黒水晶に魅入られたスイレン様に醜い嫉妬心を抱きました。自分ではなく、スイレン様が選ばれたことにムカついたのだと思います。それでも、黒水晶の言うことは絶対なので黒水晶が言うことには逆らえません。黒水晶はそれを知ってリンドウ様に言いました。”地下深く、誰も来れないほど地下深くに自分とスイレン様を一緒に監禁しろ ”と。リンドウ様は言う通りに動きました。クロユリはそれに反論することもしませんでした。クロユリ様は黒水晶に心を操られている上、リンドウ様を溺愛しているので……。スイレン様の気持ちなど、一生クロユリが知ることなどないでしょう。そしてスイレン様は黒水晶と共に地下深くに監禁されました。スイレン様に会いに行けるのはあたしと側近の中でも最年長のトールさんだけです。そしてスイレン様は産まれた時からずっと、黒水晶と共に真っ暗な、光も入らない場所で明かりも点けることなく、過ごしています。スイレン様は……助けを求めたことがないのです。普通の人ならば、とても身が裂けそうなほど叫ぶはずなのです。”暗い、怖い、助けて、気持ち悪い、誰か ”と。スイレン様は”世界 ”を知った後でもそうすることはしませんでした。まるで、現実から目を背けるかのように”世界 ”を知らないフリをするのです。もしかしたら、そうしても意味がないことをスイレン様は知っているのかもしれません。例え助けを求められても、あたしたちには助けることができないのです。黒水晶は恐ろしい力を持っていましたし、助けだそうとしても黒水晶がそれを許しませんでした。黒水晶のあのネットリとした、ドロドロとした靄からスイレン様は出れないのです。あのときのことを思い出すと今でもゾッとします。スイレン様の細く……恐ろしく白い片腕だけがあたしたちに伸ばされて、必死に何かを掴もうとするんです。だけど、だんだんと靄に包まれていくんです。そして、ぐったりと力をなくしたように腕が垂れるんです。黒水晶に魅入られたスイレン様は、あの靄から出れないと確信してから、全てから目を背けてしまったように思えます。ただただ黒水晶に気に入られるようにしています。そして、いつしかスイレン様は自分の心を隠し、感情という物を失いました。あたしはそんなスイレン様を見ていられなくなりました!いえ……、元から見ることは不可能だったんですが……。でも……だから、黒水晶を壊すことができると言われているこの国の国王ジャルーヌ様へと寝返ったんです」
黒水晶に魅入られた少女、スイレン……か。
カイは顎を少しさすり、閉じていた瞼を上げた。
アリウムは泣くのを我慢するかのように必死に何かを堪えていた。
「悲しかったラ、泣いていいんだヨ?」
少しだけ微熱があるものの、動けるようになったチェレンがそっとアリウムの背中をさすった。
「いえ、あたしは悲しんじゃいけないんです。本当に泣きたいのはスイレン様ですから」
皆が黙ったとき、アネモネがウサギを抱き上げた。
「黒水晶に魅入られた少女ってさぁ、逆にいえば神に裏切られたって意味だよねぇ。悲しいねぇ。味方が誰もいないんだねぇ。きっと暗い闇の中で感じられない長い季節の日々をさぁ、禁じられた部屋の奥で過ごしてたんだろうねぇ。寂しさ埋めるようにさぁ、虚しさを燃やすようにさぁ」
スイレンが驚いてアネモネを凝視した。
それでもアネモネはウサギに話し続ける。
「その子はさぁ、黒水晶からどんな風に世界を眺めているのかなぁ。壊したいとか思っているのかなぁ。でもさぁ、もしその子が世界に出てきて、黒水晶に魅入られた子って皆に知られたらさぁ、その子をみる人たちの視線はさぁ、容赦も慈悲もないだろうねぇ。そんな視線を浴びたらさぁ……ぞっとするだろうねぇ」
アリウムがギュッと胸の前で両手を握った。
カタカタと震えている。
「……人は……何の罪もないただの幼い少女をそんな風に見るんですか……?」
「仕方ないよねぇ。黒水晶に魅入られて神に裏切られ続ける子なんだからぁ」
「……いや、いや、いや、そんなの……そんなのいやよ……スイレン様は……スイレン様は……そんな視線を浴びる人じゃないの……本当は……本当にいい人で……見ることはできないけど……でも、本当に美しくて……本当に……動物が好きで……あんなことさえ、あんなことさえなかったら……!あの人たちが……黒水晶なんかに魅入ることがなかったら……!殺してやる……!殺してやるのよ!!」
ドッと鈍い音がして、アリウムがゆっくりと前のめりに倒れていく。
それを支えたのがカイだった。
「少し気絶させただけだ。しばらくすれば起きるだろ。コイツの大体の事情も分かったことだし、ぶっ壊れる前に寝かしておいたほうがいいだろ」
カイの言葉に皆がうなずくと、ジャルーヌが立ち上がった。
「時間も遅い。今日はもうこちらに泊めておけるか?」
「おっけ~!俺らの部屋、空いてるとこあったよな?そこに寝かせておこうぜ!結構疲れてるみたいだし、隈がすげぇよ、この子。よっぽど悩んでたんだなぁ」
ハンスがカイが腕に抱いていたアリウムを背中におぶり、チェレンと一緒に自分たちの宿泊部屋へとつれていった。
シノはアネモネを抱き上げて小さく叱咤した。
「……アネモネ、こうなることを予想していなかったのか?」
アネモネはその質問には答えず、ポケットを探り、飴を取り出して口に放り込んだ。
質問に答えないことを予測していたシノは小さくため息をついて、カイをみた。
「……カイ、そろそろ消灯時間になる。戻ろう。アネモネも寝かせないといけない」
シノの言葉を聞いたカイは軽くうなずき、ジャルーヌに軽いお辞儀をして部屋から出ていった。