魅惑のくちびる

課に戻ってパソコンの画面に向かっていると、後ろから松原さんがトーンを落とした声で言った。

「ランチ一緒に出よう。北野にはオレが連絡つけた。エントランスで待ち合わせね。」

一方的に自分の用事だけ言い放ち、わたしに返事の隙も与えないまま去っていった。


昼休みに入ったばかりのエントランスは、このビル内のオフィスに勤める人たちでいっぱいだ。

一応、課を出るときに松原さんの姿を探したけど見つからなかった。

仕方なく先に出てきていたわたしは、わかりやすいように入口付近のパキラの植木鉢の前でたたずんでいた。


エレベーターが到着するたび、小さな人の波が押し寄せる。

目を凝らして探すも、二人の姿は見当たらない。

お昼休憩は50分しかない、うちの会社。

だからこそたった5分の時間でも貴重なのに――。


「おまたせ!ごめんごめん」


松原さんが片手を上げて小走りで近寄ってきた。

普通の人がすればキザなそんな姿も、松原さんだったら決まってるから不思議だ。

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