女王さまの憂鬱
一人目は、ひとつ上の先輩。

同じヴァイオリンパートの先輩は、帰りの電車が同じということで、傍目にもバレバレな恋心を引っさげて彼女にアプローチしていた。それは春のことだ。

さくらに最初に声をかけたことで思いのほか懐かれたわたしには、少なくとも先輩がさくらに熱を上げているのは、火をみるより明らかだった。

そう、わたしにとっても、サークルの諸先輩方にとっても、新入生にとっても、明らかだったのだ。

けれど、驚くべきことに当のさくらは、全くと言ってもいいほどに気がついていなかった。

それが、わざとなら、天然を装っているのなら男子を騙せても女子は騙せない。そういったことに関しての女子の嘘を見抜く力は、警察犬の如く鼻が効く。

だが、そうでなかった。

さくらは、本当に気づいていないのだ。

なんの悪意もなく、心の底から自分に好意を寄せる人間などいないと信じきっていた。

6年間女子校で育った彼女の携帯のアドレス帳は、長らく父親以外の性別男、の影はなかったが、4月を越えて恐るべき勢いで増えていく。

きっとさくらには、その増えていく男の名前も、単なる記号にしか見えていなかったのだろう。彼女にとって男も女も平等で、等しく親しくする相手でしかなかった。

先輩も、その一人だったのだ。

全く悪意なく、さくらは先輩を追い詰めていく。

屈託なく笑って、友達にするようなわがままを言い、拗ねてみせる。

どこかに連れて行ってと、自身が暇だからとメールをしてその気にさせている。当然、本人はそれが誤解のもとであるなんて思いもしない。

真のぶりっ子もかたなしの、天性の天然女には誰も適わなかった。

彼女にはなんの計算もなければ、打算もない。

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