Un chat du bonheur
「いらっしゃいませ」

フェリクスの声は、同じ様な年の男の人よりも通りがいい。
心地よい音色の様に、すんなりとレアの耳に通っていくのだ。

「あ、レアか」

フェリクスは途端に人懐っこい笑顔でレアを出迎えた。
まだ午後7時より少しだけ早いのだが、レアは店の外で傘を持って花を眺めていた。


「ごめん、まだあがれないんだ」

「ん、平気。そろそろ、また鉢植え増やそうかと思って見に来たかったから早めにきただけだよ」

「そっか…じゃあこれなんてどう?」

フェリクスが指差した先には、小さなサボテンが置いてあった。
丸くて小さい玉の様なそれを手に取ると、フェリクスが横から覗き込んでくる。

「小さいけど、ピンク色の花が咲くんだよ」

「そうなんだ…じゃあこれにしようかな。なんか可愛いし」

「じゃあ袋にいれてくるから待ってて」

フェリクスはレアからサボテンの鉢を受け取ると、店の奥に消えていった。
レアはまだ暫く色とりどりの花を見つめていた。

雨に濡れて、こんなに暗い空の下だというのに、花たちはどこか誇らしげに咲いていた。
まるで、こうして人に見られることが嬉しくてたまらないかの様に。


「綺麗だね…今日はあなたたちは連れていけないけど…」

レアは微笑むと、花達に話しかけながら傘をくるりと回した。
雨の雫が飛んで、色とりどりの花の花弁がゆらゆらと揺れる。

「お待たせ、レア。仕事もう抜けれるよ」

フェリクスがビニール袋を掲げながら店から出てきた。
レアはサボテンが入っているであろう袋を受け取りながらフェリクスを出迎えた。

「おかえり。そっか、もういいんだ」

「うん。じゃあ、買い物行っちゃおう」

フェリクスは傘を広げると、先に立って歩き出した。
レアはその後ろを付いていきながら、そっとサボテンが入っている袋を覗いた。
中には、やはりちょこんと小さなサボテンが入っていて、レアが足を踏み出すたびに振動でころころと動いていた。
それが少しだけ可哀相で、レアは袋を胸にしっかりと抱きしめることにした。


食事時を過ぎてしまったからか、レア達が向かったスーパーは人がまばらだった。
適当な食材をカートに詰め込みつつ、とりとめのない話に花を咲かせる。

明日は二人とも、久しぶりに休日が一緒なのだ。
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