Un chat du bonheur
いつの間にか運ばれてきていた料理を、フェリクスは美味しそうに食べている。
レアも少しだけそれに手を付けると、また同じ様に通りを見つめた。


「…!」


さ迷わせていた視線が、一箇所で固まる。身体まで硬直してしまったかの様に、その場から目が離せない。
レアの視界に飛び込んできた色は、忘れもない色。


あの色は―…


「レア」

「あ、あ」

笑おうと思っていた。
次に逢ったときは笑えるように、と。

そうしないと、困らせてしまうだろうから。


微笑みながら近づいてくる「彼」のことが、まだたまらなく愛しい。
隣に居られない事が、とても…悲しい。


「レア…こんなところで出会うなんて」

「……」

彼は困っているだろうか。
昨日、その手を離したのは…あなたなのに。


色々な感情が心の中を巡っていって、言葉を発する事が出来ない。
ただ、彼の事を見つめるしか。


「…怒っているよね、当然だ。ただ僕は、君を傷つける前に…」

何か言わなくては。
そう思った。あなたは悪くない、悪いのは私なんだと言いたいのに。

伝う涙は、止める事が出来ない。


「やめなよ、レア泣いてる」

不意に横から、レアの身体ごとぐらりと浚われた。
彼女の耳元で聞こえた声は、それまでおとなしく成り行きを見守っていたフェリクスのもの。

レアは驚いた様に彼の顔を盗み見た。

怒っているのか、それとも悲しんでいるのか。
フェリクスの綺麗な顔が、僅かに顰められている。


「…は、なんだ…。もう新しい男を見つけたのか?なんだ、君が傷ついていないかと心配で声をかけたんだが…要らぬ心配だったようだ。失礼」

彼はそれだけ言うと、あっさりと身を翻して去っていった。
それを、レアはどこか安堵しながら見送った。
結局一言も彼に伝える事が出来ないまま。


「…ごめん」

フェリクスが、そう言ってようやく手を離してくれたのは、もう「彼」が見えなくなってしまってからだった。

「…大丈夫」

レアはそれだけ言うと、もう通りを見つめる様なことはせずに小さな溜息をついた。


フェリクスは、まだ少し機嫌が悪いのか、食べかけのパスタをフォークでつつきながら唇を尖らせていた。
レアは少し微笑むと、彼の柔らかい金髪を優しく撫でてやった。

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