Only You
「小学4年の時だよ。突然の事故だった。それから親戚の家でお世話になって育った。一人っ子だったから、血を分けた兄弟もいないし、そのせいかな……何でも独りで解決させる癖がついた」

 独特の価値観があって、何にも左右されない強さの秘密を少し見た気がした。

「もちろんお世話になった親戚には感謝してるけど、親みたいには甘えられなかった。だから高校卒業と同時に独り立ちしたんだ」

 淹れたてのコーヒーを飲んで、ある日綾人は柔和な表情そのままで自分の過去を語った。

 私には彼の過去がそんなにつらいものだったなんて予測が付かなかったから、かなり驚いた。
 根本が明るくて暗いものをどんどん消化してしまう才能があるのは確かみたいで、落ち着いて見えるのは彼なりにつらい過去を乗り切ってきたせいだというのが分かった。

「大学は夜間に行って、昼間はバイトした。あそこで出来た仲間は今でもたまに集まるんだけど……いい出会いだった」

 少し遠い目をして、綾人は嬉しそうに微笑んだ。

「だから、どこにいてもどんな場所にいても味方はいるんだなって確信が持ててるんだ。腹の立つ人間もいるけど、そういう人はそれなりに悲しいものを抱えて吐き出せないでいるだけなんだって思ってる」
「うん……そうだね」
「あまり明るい人生に見えないかもしれないけど、僕はこれでも泣いたのは両親が死んだ時ぐらいなんだよ。本気で悲しかったのはあの時だけかな……。次に泣くとしたら、琴美に別れようとか言われた時かな……言わないでね」

 最後のセリフは冗談めいた口調だった。

 言うわけない。
 こんなに愛に溢れた人を手放したら、きっと私が死んでしまう……。

「私、バカみたいな事ばっかりで悩んでたね。容姿が悪いとか、なかなか人付き合いがうまくいかないとか。男性と交際した事ないなんて事までエルにはメールしてた……。こんなに小さな悩みに振り回されてる私を笑わないで、きちんと受け止めてくれてありがと」

 綾人のおかげで、私は最近鏡を見るのが嫌じゃなくなった。
 どうやったら少しでも自分が綺麗になれるのか工夫する為に何時間も鏡とにらめっこする事もある。
 「いじりすぎると逆におかしくなるよ」って綾人に笑われるぐらいだ。
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