Let's study!!
15歳

Memory

えてして、勉強に熱心な生徒は、敬遠されがちだ。

ただでさえ、厚いレンズの流行遅れな眼鏡、ぼさぼさの髪が重たく顔を隠している由澄季には、皆近付こうともしないのだけれど。

まして、そんな彼女が、同じ年頃のクラスメイトが、雑誌に載っているファッションや、人気のドラマ、歌、ゲーム、漫画、そういったものには一切興味がなかったとしたら。

なおさら、彼女とクラスメイトとの間には、大きな隔たりが生まれても、仕方がないことなのかもしれない。


中2まではまだよかった。クラスメイト達は、由澄季をいてもいないものとして扱う程度だった。

それが、中3になったら、事情が違ってきた。いよいよ、勉強の成績が重要な時期になるからだ。

冴えないくせに。不細工なくせに。

あちこちからそんな不満がさざめきのように、自然に起こっては由澄季に押し寄せるようになってきた。彼女の成績は、各教科の教師が絶賛するものだったから、それはクラスメイトの嫉妬を誘い、余計に非難を強める結果になった。

「由澄季に近づくな」

瑞樹の声が聞こえると、由澄季は心中ひそかにほっと息を吐いた。

由澄季の机を取り囲んで、あれこれわめいていた生徒たちが黙ったからだ。何を言っているのか興味がない由澄季は、その内容を覚えてはいないけれど、うるささが不愉快であることに違いはなかった。

「なんだよ、瑞樹。幼馴染だからって、庇う必要ねえだろ」

涙を見せるくらいすると思っていた由澄季が、一向に反応すら見せずに、淡々と自分の机で勉強をしていることにイライラしていた生徒が、そう言った。

「放っといてやれよ、由澄季は勉強が趣味なんだから」

瑞樹が呆れた顔で言い返した。

「気持ちわりぃ。頭おかしいんじゃね?」

いつもは、瑞樹が現れたら、穏やかになるクラスメイトたちだけれど、今日は男子生徒Aの気は納まらないようだ。

「お前、何言ってんの?」

すうっと、その場の空気が冷えたような気がして、由澄季ははっとした。
「何って、こいつ、頭おかしいよって言ってんの。そう言えば、ついでに顔もおかしいわ。ぶっさいくだしな。妹はすげえ可愛いのに」

はははっ、と乾いた声で、男子生徒Aが笑うと、周りの女子生徒たちもくすくす笑うのだ。

「お前の目がおかしいんじゃねえの?由澄季と菜津希はそっくりだし」

由澄季は、いつものごとく思わず苦笑いをしたが、周りのクラスメイトは唖然としている。そのうちに「全然似てないよねぇ」なんて声がこそこそ起こってくる。


「それより、今度、由澄季の邪魔したら、逐一担任に報告してやるから覚悟しろ。内申書が楽しみだな?」


そんな、瑞樹のかわいい脅しは、ほとんどの生徒が初めて受験を迎えると言う状況にあっては、意外に効果的だったらしい。その後、瑞樹の目の前で、由澄季に嫌がらせをする者はいなくなった。


「な、由澄季、弁当食おう」

由澄季は、瑞樹の言葉に、頷きながら席を立った。

「今日は音楽室に忍び込もうぜ」

そんなところで飲食してもいいのだろうか、なぜか瑞樹は校内のいろんなところに忍び込んでお昼ご飯を食べたがると由澄季は思うけれど。それは、彼女を人目のないところで、息抜きさせようという、瑞樹なりの思いやりだった。

心を開いていない人間のいるところでは、まともな会話もせず、興味すら示さない由澄季だから。

「うめぇな、由澄季。いつもありがと」

瑞樹がにこっと笑うと、由澄季は堅い鎧をつけていた心が、ほっと柔らかくなるのが自分でもわかった。

「うん。私の方こそ、助かった。ありがと」

由澄季は瑞樹の食生活を支え、瑞樹は由澄季の学校生活を支え、お互いに苦手な部分を助け合っているのだった。

「でも、こんなことしたら、瑞樹まで友達がいなくなるよ」

由澄季は、それを案じている。彼女に対するクラスメイトの仕打ちは、今のところは嫌がらせや言いがかり程度で、いじめと言うほどのものではないけれど、往々にして庇った人間も同じ目に遭うと言うのが定説だから。

「んな友達いらねえよ。俺、友達だけは余るほどいるもんね」

瑞樹が胸を張って威張る。確かに、不思議と瑞樹の周りには人が絶えない。
由澄季は今度こそはは、と声をたてて笑った。

その声を聞くと、瑞樹はいつも心が晴れる。いつもそんな声を出せばいいと思う反面、他の奴らには聞かせなくてもいいとも思う。

そんな瑞樹に、由澄季はもう一つ、言いかけたことを言わなかった。


私と同じお弁当だから、教室で食べられないの?


もし、「そうだよ」って言われたら。もう、瑞樹にお弁当を作ることができなくなるかもしれない。そう考えただけで、由澄季の舌は動かなくなってしまったのだった。

面倒なのに。いくらどうせ早起きするから、って言っても、面倒なことに変わりはないはずなのに。結局料理が好きなんだな、私は、と由澄季は自分に呆れながら、そう結論を出したのだった。
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