哀しき血脈~紅い菊の伝説3~
 翌日、金井美沙の遺体が街外れの畑の中で発見された。彼女の遺体は浅田美緒よりも損傷が激しかった。
 遺体の胸から腹を鋭い刃物で切り裂かれ、内臓が露出し、その一部がなくなっていた。
 そしてその目は恐怖でカッと見開かれていた。
「酷いな、これは…」
 遺体を見るなり小島はそう吐き捨てた。隣にいる恵は流石に目を背けている。
「ええ、見る限りですが生きているうちに腹を割かれたようですね」
 岸田が小島の隣にひょいと現れた。
「生きているうちに?」
「そのようです。生活反応を見る限りそうなります。それに…」
「それに?」
「これだけの損傷にしては出血量が少なすぎます」
「犯行現場は別の場所ではないのか?」
「いや、その可能性は薄いと思われます。周辺に争った跡がありますから」
 見ると周囲には二つの足跡、通称下足痕が無数にあった。それらはここで何らかの争いごとがあったことを意味していた。
「それとこれを見てください」
 岸田は遺体をじっと見つめている小島をある一点に導いた。
 そこには太くて大きな何かが這った跡があった。
「これは何だ?」
「何でしょう、このような代物は私も見たことがありません」
 その跡はラミアがつけたものだった。
 だが彼らはそのことを知らない。
 二人のやりとりをよそに恵は持ち込んだ地図を見つめていた。それは派出所の三崎が作った地図のコピーだった。
 恵は現場に着くと同時にその地図に新しい点をプロットしていたのだ。
 その点はすでに完成している逆位置の五芒星にほぼ重なっていた。
 しかし一連の犯行と異なっている点もあった。
 犯行の時が日曜日の深夜ではないのだ。
 恵は一種の違和感を感じていた。犯人はここに来てルールを変更したんだろうか?
 これまでの犯行は一定のルールに基づいて行われてきた。しかし今回の事件は様相が異なっている。犯行がより残忍になっているし、犯行日のルールが無視されている。これまでは秩序型の犯人ではないかと恵は予想していた。しかしこれは無秩序型の犯人の犯行を思わせた。
 秩序型とは、秩序だったやり方で犯行を行い、自分の身元に関する手がかりを残さない様にするといった犯人像であり、無秩序型とは通常の基準で見てまるで論理的でない行動をとる犯人像だ。この型に当てはまる犯人の中には精神病にかかっている場合もある。
 犯人像が全く異なるではないか、恵は声までの考え方を見直さなければならないと感じていた。
 小島はそんな恵を見ていった。
「どうやら嬢ちゃんの見込み違いだった様だな」
「そのようですね。これはこれまでの犯人とは異なる行動様式です」
 恵は小島の指摘を素直に認めた。
 事件は振り出しに戻ってしまった。
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