哀しき血脈~紅い菊の伝説3~
 五芒星の中心の地域、三崎は動物虐待事件の聞き取り捜査をしていた。もっとも怪しいとにらんでいる独身者向けのマンションの聞き込みを行っていたのだが、世帯数が多いのと三崎のパトロールの時間と世帯主の在宅の時間が合わず、聞き込みは遅々として進まなかった。既に二人目の犠牲者が出ている。犯人が設定していたルールが一部守られていないが、三崎はまだ同一犯だと考えており、一刻も早い犯人逮捕を目指していた。
 このマンションはセキュリティが高いため、殆どの住人は若い女性だった。しかし、男性の入居者も数人は居るため、三崎は彼らに絞って聞き込みを行いたいと思っていた。五人の対象者の内、これまでの間に四人の聴取は終わっていた。残っているのは相馬祐司という学生のみだった。
 付近の部屋の住人の話では、相馬は学生ということだったが昼間は殆ど部屋を出ることが無く訪ねてくる者もいないとのことだった。三崎はこの相馬という学生に狙いを定めていた。
 三崎は巡回連絡カードを手にしてマンションの入り口にある部屋番号のキーボードを叩いた。
 一度、二度、三度目に眠たそうな声で部屋の住人、相馬の声が帰ってきた。
「誰?」
 相馬の声は機嫌が悪そうだった。
「派出所の者です。巡回連絡カードのご記入をお願いしておりまして…」
 三崎はへりくだって言った。
「何それ?」
「住人の皆さんが盗難などの被害を受けられたときにご奉仕するために派出所で管理するカードです。このマンションの方は皆さんご記入いただいております」
「あ、そう」
 無気力な返事とともにマンションの扉が開いた。三島はすかさず中に入った。
 マンションのホールはよく手入れがされていた。三島は一基だけのエレベーターに乗り込むと相馬の部屋があるフロアのボタンを押した。
 エレベーターの扉は音もなく閉じて、三島を目的のフロアに運んだ。
 相馬の部屋はエレベーターを降りて四番目の部屋だった。扉付近に取り付けられたチャイムを鳴らすと中から微笑髭を生やしたスウェット姿の男が現れた。
 三島は巡回連絡カードを渡すと、その目的や記入方法を簡単に説明した。その間に玄関から垣間見える部屋の中を観察していた。
 そこは流行のフローリングのワンルームのようだった。僅かに梯子のようなものが見えたのでおそらくロフトがあるのだろう。部屋の中は男の一人住まいにしては意外と片付いている様子だが、昼間というのにカーテンを掛けているのか薄暗かった。
 そしてフローリングの床の上に何かの図形が描かれていた。それはきれいに描かれた円の一部と鋭角な角の一部だった。
 また、部屋の中から微かに異臭が漂ってきた。それはまるで鉄が錆びたような臭いだった。
 三島の勘はそれを見逃さなかった。だが、令状も持っていない今はそれ以上踏み込むことは出来ない。相馬に巡回連絡カードを渡すと後日取りに来ることを伝えてその部屋を辞した。
 マンションを出た三島は角を曲がりその影に回り込んだ。
 携帯電話を取り出すと登録してある小島の番号を呼び出して発信ボタンを押した。
 五コール目で小島は電話に出た。
「三崎君か、どうした?」
 おそらく小島も三崎の電話番号を登録していたのだろう、電話がかかったと同時に相手が三崎であることがわかったようだった。
「小島さん、ちょっと怪しい奴を見つけたもので…」
「どんな奴だ?」
「相馬祐司という学生なんですが、部屋の中がちょっと変なんです。床に何か図形のようなものが描いてあるようですし、何より異様な臭いがします」
「異様な臭い?」
「私の勘なんですが、あれは血の臭いです」
 血の臭いと聞いて小島は何かを感じたようだった。電話口の向こうで誰かと話している。
 そのとき、三島は背後から何かに抱きつかれた。
 それは女の感触だった。だが感触がおかしい。胸の膨らみの感触が逆さまであり、抱きついた腕は腹の位置にある。
 次の瞬間、三崎は宙に持ち上げられ、強い力で腹を締め上げられた。
「う、うわぁ!」
 三島は悲鳴をあげた。だがその声は締め付ける力が強いために遠くには響かなかった。
 激しい痛みが全身を走る。その瞬間、三島の意識は途絶えた。
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