哀しき血脈～紅い菊の伝説３～

　被害者の身元は意外と早くわかった。
　写真を持ち付近の聞き込みに当たっていた刑事の一人がそれに行き当たったのだ。
　被害者は浅田美緒二十二歳、都内の小さな商社に勤めるＯＬだった。
　だがわかったのはそれだけではなかった。　解剖の結果、被害者の身体から血液が抜かれた可能性が浮上したのだ。
　通常、人間は体重一ｋｇあたり約六十五ｍｌの血液を有している。体重六十ｋｇの成人で約四０００ｍｌの血液が全身を流れていることになる。このうちの約半分を失うと人間はその生涯を終えてしまうことになる。
　被害者の死亡原因はやはり後頭部の打撃痕であったが、解剖の際生活反応のない小さな注射器の針の跡のような傷が二つ、首筋に見つかった。その傷は頸動脈の上にあり、そこから血を抜き出したような痕が見つかったのだ。
「まさか犯人は吸血鬼だとでも言うんじゃないだろうな」
　捜査会議の中、一人の刑事が声を上げた。「はい、その可能性はあるかと思います」
　岸田の答えに会議室は騒然となった。
　これは現実の殺人事件なのだ。オカルトめいたことの入り込む余地はない、捜査員の声は津波のように岸田に襲いかかった。
「いえ、私の言う吸血鬼とはリチャード・トレントン・チェイスのような人物だということです」
　岸田は思いもかけない人名を口にした。
「だれだ、そのリチャード何とかというのは？」
　係長の太田昌義がその言葉に噛み付いた。「リチャード・トレントン・チェイス。アメリカのシリアルキラーです」
　岸田の言葉を受けて恵が立ち上がり言った。　一同の視線が彼女に集まる。
「チェイスは七人殺しているのですが、その被害者の臓器や血液をミキサーにかけて飲んだといわれています。その理由は『自分の血が粉になるのを防ぐ』というものです」
「おい嬢ちゃん、自分の血が粉になるっていうのはどういう意味なんだ？」
「はい、彼は当時自分は毒を盛られていると考えていました。毒とは『石けん箱の毒』といわれるもので、彼はその毒から生命を守るために血を飲んだのだそうです」
「『石けん箱の毒』？」
「石けん箱は誰でも持っていますよね。その石けんを持ち上げてみて乾いていれば毒はない。ヌルヌルしていたら毒を盛られている。その毒が身体を蝕み、エネルギーを枯渇させるものだそうです」
　会議室は静まりかえっていた。
　チェイスの動機とその殺害方法が彼らの知っているものとはかけ離れていたからだった。　だが一人、岸田や恵が言いたかったことに気づいた者がいた。
「まさか嬢ちゃん…」
　小島の震える声に恵は静かに答えた。
「ええ、この事件、続くかもしれません」」