白金の剣
白金の剣
僕の小さな小さな心をどうしようかと迷うた時、迷いの森で年老いた小人達に会った。

皆羽衣に身を包み、腰には背格好に似つかぬ大きくて立派な剣を提げていた。
その小人達はどういうわけか皆、僕を見てニヤニヤ怪しい笑みを浮かべている。僕は六人いる小人のうちの白い魔法使いのような帽子を被った小人に訊いた。

「どうして、僕を見て笑っているのですか」

すると、その白い帽子の小人は今度は優しく微笑みながら言った。絵に描いたような好好爺である。実際のところこの小人は六人の中でも特に高齢と思われ、顔面を覆うサンタクロースのような真っ白なひげは柔和な印象をより際立たせていた。

「ほっほっほ、どうも君は思っていることと反対のことが顔に出るようじゃな」

「それは、どういうことですか」

「つまり、簡単にいうとあべこべなんじゃろう。じゃが、わしの見る限り君はそこまでへそ曲がりというわけでもなさそうだ」

そして、小人はさらにもう一歩近づいて今度は僕の目を覗き込むような格好で質問してきた。

「君は数学とそれ以外の科目のうちどちらがお好きかな」

僕は迷わず数学だと答えた。

これは揺らぐことのない確固たる事実だ。数学ほど魅力的な科目はないと思うからだ。

数学は難解な学問だと思う人が多い。しかし、だからこそ面白いのである。一題につき一日かけてじっくり解くこともある。

数学が好きな人の気がしれないという友達がいるが、僕の場合は数学の美しい世界を知らない人が惨めでならない。いや、聞く人によってはこの考えはちょっと辛気くさいかな。

小人がしばらく何も問いかけてこないので、いろいろと思念をめぐらしていた。しかし、小人は何を思ったのか肩からかけた小さなポシェットからどこに収まっていたのかと思うほどの長い剣を取り出したのである。

鞘もそのスケールに相応しい装飾が施された立派なものだ。

「君にはこれをもらって欲しい。ほっほっほ、わしからのプレゼントじゃ」

そのまま僕に渡すのかと思いきや、そっと鞘から剣を抜き、南中の太陽に向かってその白い刃を翳した。

それが太陽に反射して眩しく光った。反射光が目に入り、少し目眩ましにあったような僕に小人は言った。

「この剣は錆びることのない白金でできておる。白金台にある一流の高級ホテルでわしのカラオケ仲間の鍛冶職人が精魂こめてつくったものじゃ」

カラオケ仲間の鍛冶職人というのもなんだか可笑しいが、第一なんでホテルで鍛冶職人が刃物を作るのか。

ホテルで一流のコックがあしらった高級料理ですという使い方だったら、納得がいく。

だが、僕はクソ真面目に訊いた。

「白金台と言えば港区にある地名ですね」

「おうおうおうおう、さすが我らが賢人は健在じゃのう」

小人は被っていた帽子をとってぼうぼうのひげとは対照的なつるつるの禿げ頭を撫でながら、嬉しそうに目を細めた。

しかし、この小人はさっきからいろいろと妙なことを言うものだ。しかも、我らが賢人って。大袈裟にも程がある。

全く今まで見たことのない初見の小人にこうまで言われると何がなんだかわけがわからなくなってしまうのだった。

だが、このまま黙っているわけにもいかないので僕は小人に問うた。

「これをどうすればいいのですか」

すると、その小人は澄ました顔で言った。

「ただ、持っているだけでいいんじゃよ」一呼吸置いてからじゃが、と続けた。「いつかまた必要となる時が来るかもしれん。その時が来たら全てわかる。その時に君もわしらのようにこの剣を腰に提げるのじゃ」

ここで僕はまたしてもこの小人の発言に対して疑問を抱くのであった。

「その時とはいつやって来るのですか。僕としてはいつまでもここで待つ気はない。だから、せめてその兆候のようなものぐらい教えて欲しい。空があり得ない色に染まるとか、僕のもとに天地がひっくり返るような美女が現れるとか」

僕は少し詰問口調になってしまった。しかし、そんな僕の発言も徒労に終わった。

さっきまでの穏やかな表情から一転して急に何かを恐れるような顔になった小人はあくまでもその秘密を固持するのである。

「そ、それは、今申すことはできぬ。ぶるぶる、来るか来ないかもわからんのじゃ。ぶるぶる、未来の話か、過去の話かも予測不可能なのじゃ」

小人はぶるぶるという擬態語を二回発した。僕はこの意味深なキャラの小人にだいぶ辟易させられた。

だからといって今さら残る五人の小人には訊きたくても訊けなかった。そう、他の小人はいつの間にか消えていたのである。

だが、その小人はしきりにいった。

「とにかく待っておってくれ。その時が来れば、その時が来ればわかる」

いつの間にかさっきまで鷹陽だった小人は早口でまくし立てるのであった。おまけに小さな体がまたひとまわり小さくなったようでなんだか気の毒になってしまった。

結局、言われた通り剣を持って『その時』まで待つことにならざるを得なくなってしまった。

「わかりました。大丈夫です。その時まで待ちましょう」

僕がまたその小人に問うか問わないか迷い始めた時、突然全身から黄色の閃光を放ち、なんだかわけのわからない呪文を唱えて一瞬にして消えてしまった。

そして、僕はひとり迷いの森に取り残された。

ここでいつまで『その時』を待てばいいのかわからず、数年過ごした。

瞬く間に数年は過ぎ、約十年の月日が流れた。しかし、何も起きる予感がしない。

その後、数十年経ち、あの日の小人と同じくらいの年になった。あの数十年前に会った小人の言ったことは何だったのだろうか。やはり、僕はただの幻を見ていたのだろうか。

しかし、あの時もらった白金の剣は今もなんら変わらず、鞘に収められて日夜朝暮肌身離さず大事に持っている。

この剣がはたして本当に白金でできているのかその真偽のほどが怪しいので時々、錆びていないかどうか鞘から剣を抜いて点検をするくらいである。

今では、この剣が自分の身体の一部だと思うようにまでなったのである。

僕はやはりまだ心の隅で『その時』が来るのを信じているのだろう。今日も西の空に太陽が沈むのを眺めながらたき火に薪をくべて若い頃に片思いだった女のことや友のことを思い出していた。

すると、遠くからかすかに馬の蹄の音とその嘶きが聞こえた。

しばらく聴いていると、その音はどうやらここから北の方角にある山の麓のほうに向かっているようだった。僕は腰に剣を提げて、音のするほうへ向かった。

もう、迷いの心は消えていた。
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