結婚白書Ⅰ 【違反切符】


とにかくこの場を立ち去りたかった。

とっさに彼女の手を握り 引っ張るようにして歩き出す。

握った彼女の手のひらが ひんやりしていた。

無言のまま 俺に引っ張られ ただついて来る。



さっきの彼女の言葉を思い出していた。



確か 失恋したのは去年の秋だって言ってたよな

おしゃべり女の腹は かなりでかかったぞ

今にも生まれそうな妊婦だったじゃないか

ってことは 別れた原因は相手の女の妊娠か?



無性に腹が立った。

なんでだよ なんでだよ 

それじゃ 彼女の方が妊娠してたらこっちと結婚したって事か?

そこまで考えて あることに気づく。

和音さん あの男とそういう関係だったんだ・・・



胸が苦しくなってきた。

自分だって女性と付き合った事がないわけじゃない

同じじゃないか

だけど だけど

俺 矛盾した事を思ってるよな・・・



あいつらと同じフロアにいるのがイヤだった。

エスカレーターに乗り 最上階の展望レストランヘ行く。



「コーヒーでも飲もうか」



レストランに入ろうとしたら またさっきの声が聞こえてきた。



「ほら こっちよ こっち」


 
ダンナを引っ張る あのけたたましい妊婦が視界に入った。



「出ようか」



彼女が頷いて同意した。





「ごめんなさい 桐原さんにまで嫌な思いをさせちゃいましたね」



帰りの車の中で ようやく彼女が口を開いた。

重苦しい雰囲気が二人を包む。

この空気 なんとかしなきゃ



「明日は 足を伸ばして岬の植物園に行ってみようよ 

お袋が言うには 世にも珍しいでっかい花があるんだって」



彼女がようやく笑った。



「世にも珍しい花って ラフレシア? 私も見たいな 

じゃあ お弁当を作ってきますね」




こうして3日目の約束もした。

その後 俺たちは二日間遠出をした。




親やおばたちからは やいのやいの言われたが そんなの無視。

楽しい時間は あっという間に過ぎ去っていく。




決断を迫られるときが近づいていた。

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