結婚白書Ⅱ 【恋する理由】
波間に揺れて


朝靄の中の海は 波音ひとつなく 静かな表情を見せていた



私は 何度目かの深呼吸をした

潮の香りがする

鼻の奥が 潮のしょっぱさを感じ取り

風を受けて 湿っぽい空気が肌にまとわりつくのも悪くなかった


朝凪は 不思議と 私を落ち着かせた



また深呼吸



「気持ちいいでしょう?

朝日が昇る前の海が 一番静かで綺麗なときなんだ」



ここを釣りのポイントと決めたのか

工藤君は ボートを止め釣り竿の用意を始めている




今朝 待ち合わせ場所に現れた彼を見て 胸がときめいた 

久しぶりに 男性に対して”素敵”という言葉がうかんだ

いかにも「釣り人」のコスチュームにサングラス

似合いすぎていた



「へぇ なかなか様になってるじゃないの」



”素敵ね” なんて言ってやるもんか 



「でしょ? 円華さんもいいじゃない 

俺 円華さんのスーツ着たのしか見たことなかったな 新鮮だよ」



彼は 気負うところなく 人が喜ぶことを口にする



綺麗だよ

可愛いよ

新鮮だよ

好きだな



繕った言葉でないのは確かだった 

だけど 素直に受け入れられないじゃない

私 アナタよりこんなに年上なのよ・・・



彼は 準備を終えると さっそく釣り竿をしならせた

ブンッ と鈍い音と一緒にテグスがどんどん伸びてゆく



「さぁて 今日のあたりはどうかなぁ」



独り言のようにつぶやいてタバコを取りだした


あっ そうだ!



「ねぇ 朝ご飯食べてないでしょう おにぎり食べる?

昼用とは別に用意してきたの」



私が差し出した包みから おにぎりを取り 嬉しそうな顔をして 頬張る

彼は あっという間に3個のおにぎりをお腹に収めた



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