結婚白書Ⅱ 【恋する理由】


医務室を出ても まだ落ち着かない

落ち着かないどころか 余計心が乱れた


そういうときは 間の悪いことが起こるものだ



廊下の向こうから 工藤 要が歩いてくるのが見えた




やぁ と手を挙げてこっちに走ってくる


来なくていいよ

なんで そんな嬉しそうな顔して走ってくるかな



「昨日はありがとう いろいろご馳走になりました」



そう言って 唇の端で笑う



”いろいろ”って何よ

そこを強調しなくたっていいじゃない  



「いーえ どういたしまして こちらこそ ご馳走様でした」



大人の女の余裕を見せつけた



「ふぅ~ん 円華さんも なかなか言うじゃない」



まったく 人をバカにしたような事を言うヤツだわ

一時見直したけど 撤回

やっぱりアンタは ヤナヤツだわ



「冗談を真に受けないでよ だから円華さんって可愛いんだよなぁ」



おい こんな所でそれを言うか

私の慌てぶりを楽しんでさえいる



「円華さん 海釣りってしたことある?」



彼が 突拍子もないことを言い出した



「ないけど」



素っ気なく答えた



「そうか!じゃあ決まり 今度の日曜 一緒に行こうよ 

船の予約はしてあるんだ

朝が早いけど この時期は日の出も早いから大丈夫だよね」



ちょっと ちょっと 待ってよ



「勝手に決めないでよ そんなこと 困るじゃない」


「困る事なんてないでしょう 朝靄の中の海ってキレイだよ 

一度体験してみると良いよ!

あと おにぎりを持ってきてもらえると嬉しいんだけど 

釣った魚を 船でさばいて食べるんだ 昨日のお礼 ご馳走しますよ」



あわあわと 口ごもってしまう

私が口を挟む余裕も与えず

あいつは 待ち合わせ場所と時刻を告げて走り去った





日曜日に年下の彼と海釣り




迷惑そうな顔をしていたが 少し楽しい予感がしている私もいた





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