結婚白書Ⅱ 【恋する理由】


ところが 和音ちゃんの言葉を意識するような事件がおきた


朝の出勤時間帯 会社の玄関前は かなりの混雑だ 

その日 新しい靴が足になじまないと気にしながら 

急ぎ足で玄関に入ろうとしたそのときだった

うつむきながら歩いていたのがいけなかった


ドンッ


前の人にぶつかって転んだ 

その拍子に パンプスのかかとが何かに挟まって ひどい転び方をした

恥ずかしさが先に立ち なんとかその場に立ち上がろうとしたが

足首に力が入らない



「広川さん」



大きな声で名前を呼ばれた

声の先に あの新人 工藤がいた 

彼の背中にぶつかったらしい



「すみません 大丈夫ですか ほら ここにつかまって」



腕を貸してくれたが それでも立ち上がれなかった


「捻挫にしてはひどいな 誰か広川さんの荷物をお願いします」



抵抗するまもなく 大勢の見物人の前で抱き上げられた



「ちょっと 工藤君 こんなところで・・・」


「こんなところも そんなところもないでしょう 医務室に行きますよ」



恥ずかしそうな気配も見せず 私を抱きかかえ 大股で歩く

みんなの視線が痛い




「まどちゃん どうしたの お姫様抱っこなんかされちゃって」



医務室の冨田先生が 笑いながら迎えてくれた



「玲子先生 冗談はやめて 恥ずかしくて穴があったら入りたい気分なのよ」



工藤君がそっと私をおろした

恥ずかしくて彼の顔をまともに見られない

下を向いたまま



「あなたのせいじゃないから気にしないで・・・ありがとう」



そう言うのが精一杯だった



「いえ こちらこそ申し訳ありませんでした」



そう言って 深々と頭を下げる



「工藤君 ありがとう そうだ あとで資料を取りに来てね」


「わかりました」


「お父さん その後どお?」


「なかなか思うようにならなくて・・・

冨田先生にも心配していただいているんですが」


「焦らないでね 君も大変だろうけど また 遊びにいらっしゃい 

主人も待ってるわよ」


「ありがとうございます」



彼のことを知っているのか 玲子先生は親しげに語りかけた



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