ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】


「益田警部」

 部下の柴木 智子(しばき さとこ)が益田の下に駆け寄って来る。

 一階フロアを見てまわった柴木曰く、数人の人間が負傷した状態で見つかった、とのこと。
 それも両手足どちらかは、もしくは両方とも折られている状態。中には指や歯を折られている者もいる。とにもかくにも、負傷している人間はみな重傷だと益田に伝えた。

 意識がある者に、誰にやられたのかを尋ねると、「ひとりの若い男」だと答えたらしい。
 益田は痛み始めたこめかみをさする。容易に犯人の想像がついた。

(連れて来たのは間違いだったか? ……だが、病室に待機させれば余計に兄ちゃんは暴走しかねない。最善の手は兄ちゃんよりも先に坊主と犯人を見つけて事を済ませることだったんだが、俺は兄ちゃんを甘く見ていたようだ)


――ゴン、ドン、ガシャン。


 突然、かまびすしい音が至近距離から聞こえた。
 正体は質量ある物体が廃材のうえに落ちた音で、被害者が寝かされていたすぐ傍の廃材の山にそれは落ちた。被害者を守るように益田と柴木が前に出た刹那、廃材の山から人間が崩れ落ちていくのを目撃する。

 近寄った益田と柴木は目を瞠ってしまった。

 冷たいコンクリート床に倒れた人間は見た目二十代後半の男、文字通りボロ雑巾と化していた。
 顔面が腫れ上がり、歯が数本折れ、右足と左手が不自然に曲がっている。左肩には銃痕があり鮮血が流れていた。ひゅう、ひゅう、と呼吸は聞こえるものの、虫の息になっていた。

 一体全体何が起きているのか。

 絶句していると、遅れて積み上がった廃材に飛び下りる人間がひとり。
 迷うことなくその人間、下川治樹はボロ雑巾と化している男の顔面目掛けて踵を落とそうとしていたので、益田と柴木は急いで負傷している男の身を引いて、下川治樹から男を遠ざけた。

 床に踵を落としたことで、下川治樹の片眉がつり上がるも、着地するやすぐに負傷した男の頭を蹴り飛ばそうとするので、益田は下川治樹の前に回り、捨て身で胴に両腕を回して動きを止める。

「兄ちゃん。何してやがる!」

 下川治樹は軽々と益田を突き飛ばし、「邪魔」と言って、負傷した男に向かおうとするばかり。
 益田ひとりでは手に負えないため、下川那智を抱えていた勝呂が柴木と役回りを交代し、二人がかりで下川治樹の行動を制するために奮闘する。

 さすがに犯罪者を相手取る警察二人と、ひとりでは分が悪いと踏んだのか、下川治樹は距離を取ってこちらの様子を窺い始めた。

 そして問う、なぜその犯罪者を庇うのか、と。

 なるほど。
 虫の息になっているこの男は、下川那智を攫った誘拐犯であり――下川治樹にとって憎き、通り魔。

 真意は不明だが、電話で救助を求めてきた下川那智の情報によれば、己を誘拐した犯人は被害者本人に通り魔だと明かした。
 ゆえに下川治樹の怒りが爆ぜて、男をこのような姿になるまで甚振ったのだろうが、この状況はまずい。非常にまずい。
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