ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】


 鳥井さんに誘拐されたあの日から目まぐるしく時間は流れた。

 兄さまと警察に救出されたおれは、しばらくの間、病室に缶詰め。暴行を受けた体を回復することに専念していた。

 とはいえ、見た目はど派手な怪我を負ったものの、通り魔事件ほど重傷じゃない。ひどい打撲や火傷はできていたけれど、骨折の心配はなく、高熱も出ることはなかった。

 さすがに撃たれた右太ももはどこよりも痛むけど、松葉杖を使えば、ひとりでも移動ができる程度までに回復。車いす生活を延長する必要性はなかった。

 おれは意外と強靭(タフ)だったみたい。

 メンタルの方もおれの神経が図太いのか、なにも考えていないバカちんなのか、無事兄さまの下に戻れたおかげなのか、誘拐・暴行された三日間をあまりトラウマにしていない。

 強いて言えば、車が苦手になったくらいかな。
 乗れと言われれば乗れるけれど、さっきみたいに兄さまが手を握ってくれないと、ひとりでの乗車は少し難しい。

 トラウマにしていることはそれくらいで、後はべつに思い出しても、「まあ痛かったよね」で終わる。
 正直な話、お母さんの暴力より全然怖くなかったんだ。もちろん痛みはあったし、痛いことは大嫌いなんだけど、露骨に怖いと思うことはあまりなかった。

 そこは事情聴取の時、兄さまにも、益田警部達にも正直に話した。
 殴る蹴るスタンガンの暴力は痛かったけど、お母さんの暴力ほどじゃなかったよって。

 触られたことについては、痛いというより「気持ち悪い」が大部分を占めていたから、なんともかんとも……。

 何度か事情聴取で柴木刑事や女性警官、心理療法(セラピー)担当の梅林先生、兄さまと交えて、無理しない程度に当時の状況を話せるか、と聞かれたけれど、おれは殆ど答えられなかった。

 話せないわけじゃないんだけど人に話したくない、が本音。

 だって「気持ち悪い」から。
 調教だの分からせるだの言って触ってきた鳥井さんも、他人の手で感じた自分自身も。

 トラウマにするほどじゃないけど、思い出す度になんでおれは他人の手で感じちゃったのかな、と自己嫌悪したくなる程度には「気持ち悪い」と思っている。敗北で隙を作ると目論んでいたけど、他人の手で感じたことはやっぱりキショイわけで。

 とにもかくにも、不快で仕方がない。気持ち悪くて仕方がない。もう終わったことだから忘れたい。

 そんな気持ちが強いもんだから、誰にも話せずにいる。それこそ大好きな兄さまにさえも。
 兄さまはおれの気持ちを汲んで、いまはそっとしておいてくれている。兄さまに隠し事をするつもりはないから、心の整理がついたら話そう……思い出したら、また気持ち悪くなった。うえ。

(今から警察署に行くのは、引っ越し先のことを話し合うためだろうな)

 警察は誘拐事件以降、おれや兄さまの暮らしを徹底的に把握する姿勢を見せた。
 それは事件に巻き込まれるおれ達が、所謂“裏社会”と呼ばれる人間に狙われたせいだと思う。

 兄さまは警察の手引きで、支援団体の手を借り、いま住んでいるアパートの引っ越し手続きを始めた。
 元々お父さん名義でアパートを借りていたから、どうせ出て行かなきゃいけない話ではあったらしいんだけど、誘拐事件のせいで時期が早まったとか。

 入院中、兄さまは毎日のように昼間は警察署や支援団体の下へ。夜は書類と睨めっこしている。

(警察署に着いても手伝えることなんてないんだろうな)

 なにも手伝えないのが歯がゆい。
 少しでも、兄さまの負担を減らしてあげたいのに。
< 235 / 293 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop