ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】


「那智の兄貴を想い過ぎる心は……嬉しいはずなのにな。貪欲な俺にはそれだけじゃ足りねえんだ。それだけじゃ」


 無意識にマールボロを取り出して口に銜える。
 ライターをジーパンのポケットから取り出したところで、我に返った。
 さすがに吸い過ぎか。今日で何本消費したっけな。煙草。

(那智が誘拐事件に巻き込まれてから、一気に喫煙の量が増えたな。これから貯金を切り崩して生活しなきゃなんねえのに、余計な出費が増えちまう)

 元々俺は喫煙する人間じゃなかった。
 高校時代につるんでいた不良達との付き合いで煙草を嗜む程度。不良達と縁が切れても、気分転換に吸うことはあったが、一ヶ月に一本吸えば良い方だった。

 なのに最近はこのザマ。
 一日一回は煙草と無糖の珈琲を飲まないと落ち着かない。もはや精神安定剤だ。
 手に持つ煙草のパッケージに目を向ける。愛煙している銘柄はマールボロ。これが一番舌に合う。

(やっと身の回りの生活が整った。まじシンドイ日々だったが、明日から少しずつ生活面は落ち着くはずだ)

 もちろん問題は山のようにある。
 まずは親父名義のアパートの解約と部屋に残した荷物の整理。ついでこの部屋に置いている荷物の整理。

 あとは那智の通院と心理療法(セラピー)
 どっちもしばらく通わせる予定だ。心理療法(セラピー)はやめてもいいと思っているが、ちと様子見だな。やめ時は見極めねえと、下手にやめたことで家に訪問されたら困る。

 それからなんだっけ。
 ああ、そうだ。
 那智の通う中学校に書類だって届けなきゃなんねえな。
 弟は不登校くんでもあるから建前上、担任や学年主任に近況を話しておかなきゃなんねえ。俺の通う大学にも引っ越しの話を通さなきゃいけねえし……役所に住民異動届は出したな。うん、こっちは大丈夫。

(警察とも縁が切れてねえ。しばらくは柴木や勝呂が定期的に巡回にくる。だりぃな)

 とにもかくにも片さなきゃなんねえ問題はまだまだある。
 ただ、それは特別問題視しているわけでもねえ。適当に動けば解決するものだからな。
 俺が本当に問題視しているのは、那智を中心とした事件の数々。それに関わった輩ども。そして那智自身の変化――特に最後の問題は頭を抱えている。

 誘拐事件を契機に那智は筆談コミュニケーションをやめようと、顔見知りに対して言葉を発する練習を始めた。
 それだけならまだしも、こいつなら大丈夫だろうと思った人間に対しては、少しずつ言葉を交わすようになってきている。

 今のところ、その対象は益田ひとり。
 那智にとって益田は今までにいないタイプの大人だと気づき、有象無象(うぞうむぞう)の中にも良い奴はいるのだと思い始めている。生まれた時から那智を面倒看ている俺にとって、それはあまりにも不都合な展開だった。

 確かに益田は今まで出逢った大人の中でも、良識的な人間の分類に入るだろう。

 暴力を振るうわけでもなく、かといって言葉で高圧的にねじ伏せるわけでもない。職業柄、誰かのため他人のために腰を上げる男だ。見本となるべき大人といっても過言じゃない。そこは素直に認める。が、益田という男を知ることで、那智が他人に気を許す状況は望んでねえ。ちっとも望んでねえ。最悪、益田を通して外の世界に憧れる可能性だってある。

 様子を見る限り、おおよそ那智は益田に昔夢見た父親像を重ねているんじゃねえかな。

「……どう足掻いても益田は俺達の父親にはなれねえんだ。那智」

 眠っている那智の腹を叩き、苦々しく笑う。

 事件が解決すれば益田は俺達から離れていく。
 そうすれば、那智は気づくはずだ。
 結局、自分達は被害者と警察の関係に留まる。理想の父親像を重ねたところで何の意味もねえ。所詮、他人同士だったんだなって。早いところ那智にはそれを気づいてほしいんだが……こりゃ時間が掛かるかもしれねえな。
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