ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】

【益田警部と兄弟と焼肉】



 警視庁刑事部捜査一課。

 警部、益田 清蔵(ますだ せいぞう)は部下の柴木 智子(しばき さとこ)と共に取調室を訪れていた。取調対象は仁田 道雄(にった みちお)、彼は下川兄弟の父親であり、実子に対して傷害事件を起こした男であった。

 益田がこの男を取り調べる理由は先日起きた、下川那智の誘拐事件について。

 直接この男が関与している事件ではないが、あの誘拐事件で下川那智の身は所謂“裏社会”と呼ばれる組織に狙われていることが分かった。
 それこそ兄共々狙われていることが捜査で分かっており、口が利ける程度に回復した(フクロウ)と呼ばれた男が情報を吐いた。

 (フクロウ)の素性は依然闇の中だが、輩曰く下川兄弟を取り巻く『通り魔事件、誘拐事件』の発端は仁田道雄の依頼にある。
 とびっきりのオプションを付けて依頼してきたくせに、金を踏み倒した忌々しい依頼者だ、と。

 ゆえに仁田道雄から情報を得ようと、取り調べを行っている最中なのだが男は一貫して黙秘。
 何を聞いても、どのようなことを尋ねても、うんともすんとも言わない。声を出す素振りもみせない。不機嫌に眉を顰めるだけ。己には関係ないその態度はどこぞの息子の面影を彷彿させる。

(面影だけは一丁前に親子だな。兄ちゃんが聞いたら、ブチ切れそうだが)

 あまり時間を要したくないので、単刀直入に尋ねたのだが、それが間違いだったのか。
 そこで益田は机を挟んで向こうに座っている仁田道雄に、口を開かせたくなるような世間話を振った。

「お前さんの娘、次女の福島朱美は下川治樹や下川那智とずいぶん仲が良いみたいだな。特に下川治樹と距離が近くなっているようで、下川那智が誘拐される直前まで二人で買い物に出掛けていたそうだ」

 お互いに血が繋がっている異母兄弟だと知っているのか、知らないのか。
 それは置いておいて、なんとも微笑ましい話ではないか。

 仁田道雄にそのようなことを伝えると、彼は顔色を変えた。
 それこそ青ざめた様子で、「なぜ二人が一緒にいるんだ!」と言葉を発した。
 最愛の娘がなぜ、どうして、忌まわしい息子と共にいる。次男ならまだしも、長男の下川治樹と距離を縮めているなんて悪夢だ。ああ、だめだ。絶対にダメだ。かわいい朱美が長男に利用される未来しか見えない。骨の髄までしゃぶり尽くすような扱いを受けるやもしれない。己を支えてくれた、かわいい娘の朱美が! 朱美が!

 露骨に動揺する仁田道雄は、椅子を引いて立ちあがった。

「あんた達、警察だろ。早いところ治樹と朱美を引き離してくれ。朱美が殺されるかもしれない。あの子は大切な私の娘なんだ」

「大切な娘、笑っちまうねえ。下川治樹もお前さんの息子だろうよ」

「あいつは芙美子(ふみこ)が勝手に生んだガキだ。あの女は金欲しさにガキを生んで私に(たか)ってきた。ひとりならまだしも、ふたりも生みやがって」

 下川芙美子は根っからの銭ゲバ女であり、贅沢を好む美女だった。

 あれの毒牙に掛かったせいで、自分は脅されるような生活を送る羽目になった。
 子どもが生まれると、その分の生活費と養育費をせびった。高額な生活費と養育費を素直に支払っていたのに、それだけでは足りなくなり、ふたたび体を求め、ふたりめを作り、更なる生活費と養育費を請求してきた。

 そんな魔性の女の子どもなんぞ、顔を見合わせるだけ、おぞましいだけだと仁田道雄。

 一切合切、息子だと認めていない。自分の子どもは福島側の三姉妹だけなのだと息巻いた。
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