ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】


 人知れず鼻を鳴らす間も、福島は那智に話し掛ける。
 元気だったか。怪我の具合はどうだ。調子が良くなったら、またお店に来てね。店長も待っている。ガーデニングの本をたくさん仕入れている等など、ものすごい勢いで言葉を投げる。

 おかげで筆談する那智が返事に追いついていねぇ。
 筆談コミュニケーションの場合、那智のぺースで話してもらわないと、筆談側が困っちまうんだが……ああほら、那智がスケッチブックを見つめたまま固まっちまった。何をどう返事すればいいか困っている。スケッチブックを見つめたまま、パニックになってる。
 久しぶりに病院や警察関係者以外の人間と話す那智にとって、これはちょっとまずい展開だ。

「福島。那智の筆談に合わせろ。声で会話するのと違うんだぞ、筆談は」
「あ、ごめん。つい、いつものノリで。那智くん、相づちで大丈夫だからね」

 福島が両手を合わせて謝罪する。
 うん。ぎこちなく頷く那智はスケッチブックをトートバッグに仕舞い、身振り手振りで返事すると態度で示した。
 歩道で一々スケッチブックを開いて、筆談するのは面倒だと思ったようだ。松葉杖を使って歩いているしな。身振り手振りの方がいいだろう。

「もしかして、今日は那智くんと半日デートさせてくれたり?」
「いっぺん地獄に落ちろ。那智は今から心理療法(セラピー)だ」
「ケチ。半日くらい良いじゃない」
「はっ倒すぞお前」
「やだやだ。心が狭い男は嫌われるわよ」
「てめえ。俺が心が広いとでも思ってんのか?」

「もちろん思ってないわよ。性悪男」
「やっぱりお前はクソ女だな」

 唐突に始まった嫌味合戦に、那智は始終困惑していた。
 俺達にとっちゃ、当たり前の嫌味合戦なんだが……そういえば那智は初めて見るんだった。喧嘩しているの? と心配そうに俺達を見守っている。
 そんな那智に向かって、「これでもお兄さんとはスゴク仲良しなのよ」と言って、コロッと表情を変える福島に俺は何とも言えない気持ちになった。
 お前、『猫を被る』ってことわざを知っているか? なあ。
 いまのお前にぴったりなんだけど。

 閑話休題。
 心理療法(セラピー)のことを聞いた福島は、車でここまで来たことを告げ、那智の病院まで送ると言った。
 ちょっと会わない間に免許を取ったらしい。
 目的を達成するために移動することが多くなるだろう、と福島なりに目論見を持った結果らしい。

 いいねえ免許。
 俺も車の免許が欲しい。
 公共交通機関を使って、見知らぬ大勢の他人と移動するより、ずっと気が楽になりそうだ。那智は車を少し苦手にしているけど、俺と一緒なら乗れるだろうし、落ち着いたら免許取るかな。いくらくれぇ掛かるんだろう。ま、運転操作を見る限り、技を盗めばすぐに運転できそうだけどな。

 そんな邪なことを抱きながら、三人で那智の通う病院へ。
 心理療法(セラピー)担当医梅林の下に弟をあずけ、那智には16時頃に迎えに来る旨を伝える。那智の気持ちとしては、どうして俺が福島と待ち合わせしていたのかが気掛かりなようで、俺を見つめる目が訴えていた。できたら、自分もいっしょに同行したいな、と。

(……那智の気持ちは痛いほどわかるし、応えてやりてえが)

 今日福島と待ち合わせしたのは、親父に関わった人間と親父が起こした事件の再洗い出し。そして六千万の行方を探るため。

 正直に福島と俺の関係性を話してやってもいいが、さすがに親父繋がりの異母兄妹で、六千万の行方を追っている仲、なんて言えねえ。
 また無茶をしているでしょ、と怒られちまう。
 那智自身もまだ狙われている身の上だ。極力、危険な目に遭わせたくない。

 だから俺は嘘をついた。
 休学している大学で、別途手続きが必要になった。福島にそれを手伝ってもらうことになったのだ、と。
 嘘百八もいいところだったが、那智は大学関係のことだと知るや納得したように頷いた。
 大学関係は自分じゃ役に立たない、と那智は分かっているんだ。きっとそれだけじゃないことも薄々気付いているようだったが、那智は騙される振りをしてくれた。

 それが最善の策だと分かっているんだろう。
 見て見ぬふりをしてくれる那智は本当に優しい奴だ。ごめんな、嘘つき兄貴で。

「お昼は梅林先生といっしょに食え。いいか、絶対にひとりになるなよ。16時には迎えに来るから」
「はい。お迎え待ってますね」

 さみしそうに笑う那智が心にくる。
 ごめん、まじでごめん。少しだけ我慢してくれ。
< 273 / 293 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop