ふたりぼっち兄弟―Restart―【BL寄り】


「那智くん。見た目に反して国語だめなのね。文系男子に見えるのに」
「ああ見えて、数字の方が得意なんだよ。那智の奴」

 その言葉に梅林も、納得したように頷いた。

「那智くんの長所だと思いますよ。あの子、数字に関しての記憶能力はすごく良いんです。ハーブティーに必要な分量もすぐに憶えましたし、テレビに流れるフリーダイヤルもすぐに憶えたんです。本人曰く、10個の文字を組わせて使うだけだから憶えやすいらしいんです」

 漢字が苦手なのは、あれこれ文字の組み合わせが多すぎるせいなのかもしれない、と梅林。

 そういえば那智は算数が得意だったな。
 俺の携帯番号もすぐに憶えたし、俺よりも料理が得意だ。本屋で料理のレシピを立ち読みしては、ちゃっかり分量を憶えてきていたが、それは数字に強い証拠ってことだったのか?
 だけど、それだけで数字に関しての記憶能力がすごいだなんて言い切っていいのかどうか。

 疑心暗鬼になる俺に、「ちょっと試してみましょうか」と言って、梅林はメモ帳とペンを手渡した。

「兄さま。ハーブティーができましたよ」

 紙コップに淹れたハーブティーを持ってくる那智を隣に座らせ、俺はメモ帳にペンを走らせた。
 わくわくと感想を待っている那智においしい。すごいな。と褒めてやった後、即席で作った20個分の電話番号を、那智の前に出した。

「那智。1分時間をやる。できるだけ、電話番号を憶えてみろ」
「ええ? 今からですか?」
「ああ、今からだ」

 不思議そうな顔を作る那智だったが素直に応じて、メモ帳に目を配っていく。
 1分経つとメモ帳を没収して、書いてあった電話番号を言ってみるよう命じた。
 結果、那智は20個中18個の電話番号を憶えていた。1分間、メモを見ただけでここまで憶えられるとは正直思っていなかった。

 対照的に10個分の四字熟語を書いて、これまた1分間憶えさせた後に質問した結果、那智は10個中1個しか答えられなかった。漢字が苦手なことを考慮して10個分減らしたんだが、那智が答えられたのは一番上に綴られている『一石二鳥』だけ。
 本気で憶えようと努力はしていたが。那智は1個しか憶えられなかった。
 俺はつよい衝撃を憶える。

「那智、お前……まじで漢字が憶えられねえんだな」

 どれも簡単な四字熟語を出したつもりなのに。
 『一進一退』とか『 一日三秋』とか小学校低学年でも答えられそうなものすら、那智は憶えられなかった。わざとじゃないことは那智の落ち込みようで分かる。

「日記もひらがなが多いから、漢字が苦手なのは分かっていたが……」

「カタチを頑張って憶えようとはしているんですけど、ゼンゼン頭に入らなくて。漢字って似たような形が多いじゃないですか。たとえば、『晴』れると『清』める。あれもどっちがどっちだか分からなくなります」

「意味や成り立ちを考えても難しいか?」

「すごく難しいです。数字なら10個の数を組み合わせるだけだから憶えるのは、ちっとも苦じゃありません。だけど漢字はいっぱいカタチがある上に読み方が独特だったり、意味が違ったりするじゃないですか。それがおれはすごく苦手で。カタチと意味をいっしょに憶えようとすると、頭がパンクするんです」

 だから漢字はまったく頭に入らない、と那智。
 メモ帳に走り書きされた10個の四字熟語を眺めては、小さな唸り声を漏らした。
 するとハーブティーを飲んでいた福島が、「計算はどうなの?」と尋ねてくる。こういうタイプは飛びぬけて数字に強かったり、計算能力が高かったりすると聞いたことがある、と言って那智を励ます。

 那智はよく分からないと首を横に振った。
 算数は好きだったけれど、その程度だと思う、と態度で示した。

「下川、そうなの?」

 話を振られた俺は那智を見つめ、「試したことがねえ」と答えた。

「俺はいつも那智に勉強を教えていた。だから国語と英語が苦手なのは知っているが、そういえば算数の質問をされたことはなかった。いつも満点取っているのは知っていたしな」

 その分、国語や英語が30点もいかなくて途方に暮れたのは憶えている。

「那智。お前、暗算得意だよな」
「どうでしょう? やったことないから分かんないです」
「ちょっとやってみるか。56+58は?」
「114です」
「38×28は?」
「……1064?」
「520×380」

 桁が多くなった瞬間、那智は見事に顔を引きつらせた。が、口で何度も数字を言いながら、指を何度も折りながら、「197600」と答えを導かせた。
 さすがに乗算が千桁になると、早々に音をあげてギブアップしたが、那智は予想以上の姿を俺に見せてくれた。

「すげぇよ那智。誰に教わるわけでもなく、ここまで暗算ができるなんて」
「掛け算や足し算は学校で習いましたよ?」
「ああ、そうだな。だけど、お前は人並み以上に数字と相性がいいんだ。それこそ兄さまよりも」
「うそですよ」

「本当だって。さすがの俺も、パッパッと暗算できたり、電話番号を1分以内に18個も憶えるなんざ無理だそれは那智が誇っていい才能だよ」
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