水面に浮かぶ月
ひどい喪失感が、透子の中にすとんと落ちた。



「私たち、負けたの?」

「それは違うよ、透子。俺たちは、大切なものを掴み取ったんだ」

「……『大切なもの』?」

「透子がいて、俺がいる。最初から、それだけで十分だったんだ。遠まわりをしすぎて、それに気付くのに14年もかかった」


失ったんじゃない。

互いの手を強く握る。



「地元に帰ろう。あの町で、もう一度、イチからやり直そう。結婚して、家を建てて、犬を飼って。透子の大好きな花に囲まれて、ふたりで、『普通』に暮らそう?」


涙が溢れた。



幸せになりたかった。

そのためだけに、脇目も振らずに生きてきた。


でも、それは最初から、ふたりの一番近くにあったのだ。



「愛してるよ、透子。14年前から、ずっと。たとえ、何があったって、俺の気持ちは変わらない」


光希はやっぱり泣いていた。



汚れてしまった自分を思う。

真っ黒になってしまった、私たち。


変わったものと、変わらないもの。


手にしたものは、結局、何もかも失ってしまったけれど。

それでも、最後に残ったのは、互いへの愛だった。



「私も光希を愛してる」


胸を張って言えるのは、もうそれしかないけれど。


だから、今度はゆっくりと歩いて行こう。

手を取り合い、つまづきそうになっても、今度は互いを支えられるように。

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