水面に浮かぶ月
あの人は、と、いうより、人は誰しも、根っからの『悪人』なんかじゃないはずだ。



「私には光希がいた。でも、リョウの傍には誰もいなかった。リョウは、孤独な人だった。だからきっと、後戻りができなかっただけ」


透子の言葉に、光希はただ静かに、「そうだね」と、うなづいた。



その後、光希は警察署への同行を求めらた。

「色々と聞きたいことがある」のだと、谷垣はやっぱり淡々と言っていた。


しかし、今は任意同行だとしても、もしかしたらそのまま何かの罪で逮捕されて、光希は戻って来なくなるかもしれない、と、思うと、透子は途端に気が気ではなくなったのだが、



「俺は大丈夫。どんなことになっても、自分のことはちゃんと受け止める。俺が撒いた種だしね」


光希は透子に安心させるような笑みを向けた。

そして声を潜め、



「俺がいない間に何を聞かれても、知らないと言うんだ。いいね? リョウのことも含めて、俺に任せて」、

「俺は透子を守るって言ったはずだよ。今度こそ、ちゃんと守らせてよ。ね? だから、俺が戻ってくるまでに、元気になっててね」、


と、そんな風に言って、光希は透子の指先にくちづけを落とし、自らの右手の中指にある指輪を外した。

それを透子に握らせた光希は、



「離れていても傍にいるっていう証。持ってて」


透子の頬が撫でられる。



「今度はダイヤの指輪と一緒に戻ってくるからさ。そしたら、あの町に戻って、結婚しよう。約束だよ」


『約束』。

14年前から、ふたりを繋ぐもの。


光希の言葉は――『約束』は、いつも透子には希望なのだ。



「わかったわ。待ってるから」


透子は力なく笑ってうなづいた。


ここはもう、真っ暗な洞窟じゃない。

今は、光に満ちた世界が広がっている。

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