水面に浮かぶ月
「何だ? お前、一発芸でもやってくれるのか?」


八木原翁は馬鹿にしたように鼻で笑う。



「どいつもこいつも似たような顔をして、似たようなことしか言わない。くだらない。時間の無駄でしかない」

「では、私と、もっと別のお話をしましょうよ」

「……別の話?」


八木原翁の顔が、怪訝になった。

透子をじっと睨み、真意を探るような目を向けてくる。


だが、沈黙を破り、先に口を開いたのは八木原翁の方だった。



「どうせ、お前も、金目当てに俺を落としたいだけだろう? そんなに俺の売上が欲しいか?」

「それは、もちろんです。売上が欲しくない人間なんて、ここにはいません」


決して、謙遜などしなかった。

上辺でしかない嘘など、この人には無駄だと思ったから。



「私はここで、ナンバーワンになりたいんです」


ママはうかがうような目でこちらを見た。

フロアのキャストの目も、この卓に――透子と八木原翁に集まったのがわかった。



「それがお前の夢か?」

「いいえ、夢はそんなに小さなものではありません」

「ほう」


八木原翁は、前のめりになり、にやりとして、人払いをした。

誰も卓からいなくなり、八木原翁とふたりになる。


緊張感は緩むどころか、今まで以上のものになった。



「では、お前はどんな未来の絵図を描いている?」


透子は八木原翁から、一瞬たりとも目を逸らさない。



「この街を、手に入れる」

「………」

「『club S』でナンバーワンになることは、そのための通過点です。でも、どうせなら、八木原さまのお力で、私を押し上げていただきたい」
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