雪の果ての花便り
私に関連するって……出会った季節が冬だから? あとは名前、だよね。知ってたんだ。郵便物かなにかで見たのかな。
なににしたって、彪くんは私の心拍数を上げる天才だ。
無理やり空にしたマグカップを持って立ち上がると、
「俺がいれるよ」
視線で気づいた彪くんが自分のカップの縁を掴んだ。そのまま私からマグカップを取り、キッチンへ向かう。
私はなんとなく、数分置いてからあとを追った。実際は1分も経っていなかったのだが、お湯を沸かしにかかっていた彪くんは目を細めてくれた。
「明日の朝はなにが食べたい?」
それは今夜、泊まってくれるってこと?
ほころびそうになった顔を下げ、「スープがいいです」と答えた。また?と言うように彪くんは隣で笑った。
「俺もスープボウル買おうかな」
「持ってないんですか?」
「家にはあるけど、もうひとつ深桜(みお)さんち用に」
「……、」
「やっぱりまだ名前で呼ぶのは恥ずかしいかも。明日一緒に買いに行かない?」
「……かまいませんけど、私の家にあるものを使えばいいじゃないですか」
「デートに誘う口実だよ」
顔を覗きこまれても、理解するのに数秒かかった。
「ふつうに誘ってくださいよ……」
ああ、もう。顔が熱い。
「ごめん。じゃあスープボウルは今度にして……、近場デートしよう。明日はまず、あれに合うスープの材料を買いに行くってどう?」
彪くんは私の背後を顎で指す。振り返った先にあるのは食器棚だ。
「スープボウルもあるのに、まだ一度も使ってないでしょ。俺があげたテーブルウェア」
私は心底驚いて彪くんへ向き直る。
リビングから、最後とは思えない激しい雪風が窓に吹きつける音がする。
満開の桜はまだ見られそうにないけれど、眼鏡を外した彪くんは微笑み、出会ったときのように少し照れくさそうに私を見つめたから、春の訪れは感じられた。
柚に報告することは、まだまだ増えそうだ。
【完】
